アンリ・ベクレル(Antoine Henri Becquerel)が発見したのは、天然ウランそのものではありません。彼が1896年に見いだしたのは、ウランが放つ「放射能」でした。元素としてのウランを最初に発見したのは、ドイツの化学者マルティン・ハインリヒ・クラプロート(Martin Heinrich Klaproth)であり、その年は1789年です。
ウランの発見者はクラプロート
1789年、ドイツの化学者マルティン・ハインリヒ・クラプロートは、瀝青ウラン鉱(ピッチブレンド)を分析する過程で、それまで知られていなかった新しい元素を発見しました。これがウランです。この元素名は、当時まもなく発見された惑星「天王星(ウラヌス)」にちなんで付けられたと伝えられています。
ベクレルが発見したのは「放射能」
一方、フランスの物理学者アンリ・ベクレルは1896年、ウラン塩(硫酸ウラニルカリウム)が、太陽光に当てなくても写真乾板を感光させる未知の放射線を放つことを偶然から発見しました。この現象は後に「放射能」と呼ばれるようになり、原子物理学の扉を開く歴史的な発見となりました。
ノーベル賞に輝いた功績
この放射能の発見による功績が認められ、ベクレルは1903年、ピエール・キュリーおよびマリー・キュリー夫妻とともにノーベル物理学賞を受賞しています。つまり、「ウランの発見」はクラプロート(1789年)、「放射能の発見」はベクレル(1896年)と、両者の役割は明確に区別されるのです。