考古学的発見

最初のフランス人探検家たちは中国への北西航路を見つけることに興味を持っていたのか?

いいえ、フランス人は北西航路を探索した最初の探検家ではありませんでした。北西航路、すなわちアメリカ大陸の北部を通って太平洋へ抜け、中国やアジアへ直行できる航路の探索は、まずイギリスによって始まりました。

先駆者はイギリス人探検家たち

ヨーロッパで最初に北西航路の探索に乗り出したのは、16世紀のイギリス人探検家たちです。ジョン・カボットやマーティン・フロビッシャーらが先頭に立ち、当時のヨーロッパ諸国が熱望していた「アジアへの最短ルート」を求めて北米周辺の海域を調査しました。アフリカ南端を大きく回り込む従来の航路よりもはるかに短い新航路が見つかれば、中国との貿易で圧倒的な優位に立てると考えられていたのです。

フランスの参入は18世紀になってから

一方、フランスが北西航路をめぐる競争に本格的に加わったのは、それよりはるかに後のことでした。1731年、ピエール・ド・ラ・ヴェレンドリー(Pierre de La Vérendrye)が率いる遠征隊が、フランスによる最初の本格的な探索活動を実施しました。彼は五大湖からさらに西へ進み、太平洋へ至る水路の存在を信じて探検を続けた人物として知られています。

まとめ

つまり、北西航路の探索ではイギリスが大きく先行し、フランスは18世紀に入ってからようやく動き出したのが実情です。とはいえ、フランスも北米における毛皮交易や領土拡大で重要な役割を果たしており、ヴェレンドリーの遠征はカナダ西部に関する地理的知識を大きく広げた点で意義がありました。