はじめに
17世紀から18世紀にかけてのアメリカ植民地時代、印刷機は非常に貴重な存在でした。印刷機の輸入や設置には多額の費用がかかり、さらに活字文化を支える読者層も限られていたため、印刷所はごく一部の都市に集中していました。13植民地の中でも、印刷機が置かれたのは主に大学のある学問の中心地、あるいは政治・経済の拠点となる都市です。
ここでは、植民地別に印刷所の所在地とその歴史的背景をご紹介します。
植民地別の印刷所所在地
マサチューセッツ
ケンブリッジ(ハーバード大学):北米大陸で最初の印刷機は、1638年にケンブリッジのハーバード・カレッジ(現ハーバード大学)に設置されました。イギリスから持ち込まれたこの印刷機は、聖書や宗教書、大学関連の出版物の印刷に使われました。
ボストン:その後、ボストンにも複数の印刷業者が進出し、18世紀には植民地最大級の印刷の中心地へと発展しました。新聞やパンフレットの発行が盛んに行われ、独立運動の情報伝達にも大きな役割を果たしました。
コネチカット
ニューヘイブン(イェール大学):イェール・カレッジ(現イェール大学)の所在地であるニューヘイブンには、18世紀初頭に印刷機が設置されました。大学の学術活動とともに、地域の出版文化を支えました。
ニューヨーク
ニューヨーク市:1693年に最初の印刷機が設置されて以降、ニューヨーク市には複数の印刷業者が集まりました。商業都市としての発展とともに、新聞や広告などの印刷需要が大きく伸びました。
ペンシルベニア
フィラデルフィア:フィラデルフィアは植民地時代を代表する印刷業の中心地でした。中でも有名なのがベンジャミン・フランクリンです。彼は1720年代に印刷業を始め、『ペンシルベニア・ガゼット』や『プア・リチャードの暦』などを発行して、印刷人として大きな成功を収めました。フランクリン以外にも多くの印刷業者が活動し、街全体が出版文化の hub となりました。
メリーランド
アナポリス(州都):メリーランドは南部植民地で最も早く印刷機を導入した地域の一つで、州都アナポリスに印刷所が置かれました。政府文書や法律の印刷など、行政上の需要が中心でした。
バージニア
ウィリアムズバーグ(植民地首都):植民地時代のバージニアの首都ウィリアムズバーグには、1730年代にウィリアム・パークスによって印刷所が設立されました。パークスは『バージニア・ガゼット』を創刊し、南部における定期刊行物の先駆けとなりました。
サウスカロライナ
チャールストン(植民地の中心地):南部有数の商業都市だったチャールストンには、1731年頃に最初の印刷機がもたらされました。以降、同地は南部における印刷・出版の拠点として機能しました。
まとめ
植民地時代のアメリカにおける印刷機は、マサチューセッツ(ケンブリッジ・ボストン)、コネチカット(ニューヘイブン)、ニューヨーク(ニューヨーク市)、ペンシルベニア(フィラデルフィア)、メリーランド(アナポリス)、バージニア(ウィリアムズバーグ)、サウスカロライナ(チャールストン)といった、大学や首都、商業都市に集中していました。
これらの都市の印刷所は、新聞、書籍、政府文書の流通を通じて知識と情報を広め、やがてアメリカ独立革命の思想的土壌を育む重要な役割を担ったのです。