「フランシスコ」という名前は、おそらくポルトガル出身の探検家フェルディナンド・マゼラン(Fernão de Magalhães)を指していると考えられます。マゼランはスペイン王室の支援を受けて大航海に乗り出し、その遠征隊は人類史上初となる地球一周を成し遂げました。ここでは、彼の主な探検の出来事を時系列でご紹介します。
マゼランの探検の主な出来事
1519年:スペインから5隻の船団で出航
1519年9月、マゼランはスペインのセビリアを出港し、5隻の船と約270人の乗員を率いて「スパイス諸島(モルッカ諸島)」への西回り航路の開拓を目指しました。
1520年:マゼラン海峡の発見と太平洋への到達
南米大陸南端の困難な航海を経て、1520年10月〜11月にかけて後世「マゼラン海峡」と呼ばれる航路を発見・通過しました。この海峡を抜けた船団は、ヨーロッパ人として初めて太平洋へと進み出します。この広大な海が予想以上に穏やかだったことから、「太平洋(パシフィック)」という名が付けられたと言われています。
1521年:フィリピンでの最期
過酷な太平洋横断の末、船団は1521年3月にグアムを経由してフィリピンに到達しました。しかし同年4月、マクタン島での現地住民との戦い(マクタン島の戦い)において、マゼラン自身は命を落としてしまいます。
1522年:世界周航の完遂
マゼランの死後も遠征は続行され、最終的にたった1隻の船「ビクトリア号」だけが生き残りました。1522年9月、わずか18人の乗員を乗せたビクトリア号がスペインに帰還し、人類史上初の地球一周が正式に達成されたのです。
まとめ
マゼラン自身は帰還の喜びを味わうことなく亡くなりましたが、彼の遠征は地球が丸いことを実証し、世界史における大航海時代を象徴する偉業として今も語り継がれています。