イギリス海軍士官ジェームズ・スターリング(James Stirling)がオーストラリア西海岸の土地を発見し、イギリス領と宣言したのは1829年のことです。彼が主張したのは、現在の西オーストラリア州パース周辺にあたるスワン川植民地(Swan River Colony)でした。
スターリングによる探検の経緯
スターリングとの関わりは実は1829年より前から始まっていました。1827年、彼は軍艦「サクセス号(HMS Success)」の艦長としてスワン川河口域を調査し、この地域が植民地として有望であることを本国に報告しました。肥沃な土地と良港の存在が、入植計画の決め手となったのです。
その報告を受けて、イギリス政府は正式な植民地建設を決定。1829年、スターリングは移住船「パーメリア号(Parmelia)」で再びこの地へ向かい、6月に入植者たちとともに到着しました。そして同年、スターリングは正式にこの一帯をイギリス国王ジョージ4世の領土として宣言したのです。
スワン川植民地のその後
こうして誕生したスワン川植民地は、後に西オーストラリア(Western Australia)として発展していきます。スターリング自身は初代総督に任命され、植民地の基礎づくりを指揮しました。植民地の中心として建設された町が、現在の州都パース(Perth)です。
まとめ
- 時期: 1829年(事前調査は1827年)
- 場所: オーストラリア西海岸、スワン川流域(現在の西オーストラリア州)
- 人物: ジェームズ・スターリング(後の初代西オーストラリア総督)
スターリングの探検と領有宣言は、イギリスによる西オーストラリア植民の歴史の出発点となった出来事であり、今日のパースの繁栄につながる重要な転機でした。