歴史上の人物

ハリー・トルーマン――原爆投下を決断した第33代アメリカ大統領の生涯

農家に生まれたトルーマンは、第一次世界大戦に従軍した後、帰郷して事業を興しました。その後、政治の世界へ足を踏み入れ、1934年にミズーリ州選出の上院議員となりました。

フランクリン・ルーズベルト政権下で副大統領を務めていたトルーマンは、1945年4月にルーズベルトが死去すると、その後任として第33代大統領に就任します。広島と長崎への原子爆弾投下を決断したのは、ほかならぬ彼でした。

国内政策では保守的な路線を採った一方、外交面では国際連合の設立やヨーロッパ諸国との協力体制づくりなど、積極的な介入主義を推進しました。共産主義の拡大を封じ込めることを目的とした「トルーマン・ドクトリン」を提唱し、マーシャル・プランによってヨーロッパの経済復興を支援。さらに1948年には、封鎖された西ベルリンへ物資を送り届ける「ベルリン大空輸」を実施しました。

同年の大統領選では僅差ながらも再選を果たし、1949年には北大西洋条約機構(NATO)の創設を主導。1950年の朝鮮戦争では国連軍の派遣に関わりました。しかし、アジアでの紛争拡大を許したことや、数々の汚職スキャンダルにより政治的立場は次第に悪化し、1952年の大統領選挙ではアイゼンハワーに敗北することとなります。

プロフィール

1884年 – 1972年

肩書き

政治家