歴史上の人物

ウェレダ——「見る者」と呼ばれたゲルマンの女預言者

ウェレダ(Veleda)は、西暦1世紀に活躍したゲルマン民族ブルクテリ族の巫女であり預言者です。神々にも等しい存在として崇拝され、ゲルマン諸部族に対して絶大な影響力を誇りました。

「見る者」と呼ばれた女預言者

ウェレダ——「見る者」と呼ばれたゲルマンの女預言者ウェレダはセゲナクスの娘として生まれ、ライン川の支流であるリッペ川のほとりにある塔で暮らしていました。「ウェレダ」という名は、預言者を指す総称的な称号であったと考えられており、「見る者」を意味するといわれています。

当時のゲルマン諸部族では、女性に予言の神性が宿ると信じられており、預言者の女性たちは生ける女神として敬われていました。そのため西暦1世紀後半、ウェレダは女神として祀られ、ゲルマン諸部族の間で大きな影響力をふるうようになったのです。

ローマの歴史家であり元老院議員でもあったタキトゥスによれば、コロニア・クラウディア・アラ・アグリッピネンシウム(現在のケルン)の住民たちは、遠く離れたゲルマン部族との争いの調停役をウェレダに託していたと伝えられています。

ローマ帝国への反乱

西暦69年、ライン川下流域に住むバタウィ族の指導者ユリウス・キウィリスが、皇帝ウェスパシアヌス率いるローマ帝国に対して反乱を起こしました。ウェレダはこの反乱において重要な役割を担ったとされており、反乱を予言しただけでなく、それを引き起こしたともいわれています。戦いの最中には、近衛艦隊の三段櫂船(軍用ガレー船)が鹵獲され、戦利品としてウェレダに贈られたという記録も残っています。

反乱は最終的に武力によって鎮圧されましたが、ローマ軍団は反乱の参加者に対して寛大な処置をとり、ウェレダはその後も数年間、自由な身で過ごすことができました。しかし西暦77年、ついにローマ軍に捕らえられ、ローマへと連行されます。彼女はその後も数年間、ローマで余生を送ったと伝えられています。