歴史上の人物

77. パテルはマウントバッテンに語った――すべての藩王国を「インドの袋」に収めよ

77. パテルはマウントバッテンに語った――すべての藩王国を「インドの袋」に収めよ

566の藩王国をめぐる複雑な地理的条件

インド独立前夜、同国には566の藩王国(土侯国)が存在していました。そのうち12か国は分割予定のパキスタンの地理的境界内に位置し、残る554か国の大半はインド領土に囲まれていました。さらに一部の藩王国は、インドとパキスタンの想定国境沿いに位置していました。

興味深いことに、インド・パキスタン国境に位置するこれらの藩王国は、いずれもヒンドゥー教徒が多数派を占め、ヒンドゥー教徒の君主によって統治されていました。そのため、自然な流れとしてインドへの帰属が予想されていたのです。しかし、ここでムスリム連盟が巧妙な二枚舌戦術を展開することになります。

ジンナーの懐柔策とその狙い

ムスリム連盟は藩王国に対して極めて柔軟な姿勢を採りました。これは彼らにとって都合の良い選択でした。ジンナーは、より多くの藩王国が独立を宣言するか、あるいはパキスタンに加盟することで、インド連邦を恒久的に弱体化させることを目論んでいたのです。

そこでジンナーは、魅力的な提案を提示することで藩王国をパキスタン側へ引き込もうとしました。彼は「ムスリム連盟は藩王国の内政に一切干渉しない」「たとえ藩王国が独立を維持しても、ムスリム連盟からいかなる妨害も受けない」と公言したのです。

風刺漫画「あなたの赤ん坊たち」が描いたもの

同じ頃、ロンドン・イブニング・スタンダード紙には、風刺漫画家デイヴィッド・ローによる「Your Babies Now(今やあなたの赤ん坊です)」と題された漫画が掲載されました。この作品は、インドの諸王侯が国家指導者たちの前に突きつけられた問題を見事に描写しています。

漫画の中で、ネルーとジンナーはそれぞれ別の椅子に座り、膝の上には子供たちが乗せられていました。そして英国は、ユニオンジャックを持って立ち去る乳母として描かれたのです。ネルーの膝に座る子供たちは、足を蹴り上げ、泣き叫ぶ「王侯問題」の姿として表現されました。

パテルとマウントバッテンの取引

当時のマドラス州知事で、後に独立インド初代英国高等弁務官となったサー・アーチボルド・ナイは、インド政府と藩王国との間で結ばれる条約に疑念を抱いていました。国民的指導者と藩王国の統治者の関係は必ずしも良好とは言えず、その間でマウントバッテン総督は藩王国の君主たちと対話を続けていました。

こうした経緯から、マウントバッテンは藩王国の君主たちの本心を熟知していました。サルダール・パテルは、藩王国をインドへの加盟に同意させるため、マウントバッテンの協力を求めました。パテルはこう述べています。「この事業にご協力いただければ、インドの人々は何世紀にもわたってあなたに恩義を感じることになるでしょう」

君主たちに提示された条件

マウントバッテンはこの要請を受け入れました。そしてパテルに対し、次のような条件を提示しました。すなわち、君主たちから称号を奪わないこと、宮殿を彼らの手元に残すこと、逮捕の自由を保障すること、「私的年金(プリヴィ・パース)」の制度を維持すること、そして英国から授与された栄誉の受諾を妨げないこと――これらが守られるならば、総督自身が諸君主を説得し、自国のインド連邦への合併と独立構想の放棄に同意させると約束したのです。

「インドの袋」への最終条件

一方、サルダール・パテルもマウントバッテンに条件を突きつけました。それは、マウントバッテンの条件を受け入れる見返りとして、独立インドの国土に属するすべての藩王国を「インドの袋」の中に収めるというものでした。もしすべての藩王国がインドに合併されれば、分断がもたらした傷は大きく癒されるはずだったのです。