フランス革命期の急進的平等主義者
フランソワ・ノエル・バブーフ(François-Noël Babeuf、1760年11月23日 - 1797年5月27日)は、古代ローマの改革者グラックス兄弟にちなんで「グラックス・バブーフ」の名でも知られる、フランス革命期の革命家・ジャーナリストです。貧しい農家に生まれた彼は、土地測量士や領主文書管理人として働きながら、当時の社会格差に強い関心を抱くようになりました。
革命への参画とジャーナリズム活動
1787年、バブーフは王制下の委員(コミッショネール)として活動し、フランス革命の発端となった「苦情陳情書(カイエ・ド・ドレアンス)」の作成に参加しました。その後、革命の進展とともに急進的な思想を深め、自ら新聞『人民の擁護者(ル・トリビュン・デュ・プープル)』を創刊。この紙面を通じて、私有財産制度の廃止と真の平等社会の実現を訴え続けました。
「平等者の陰謀」とその結末
1796年、テールモドール政変後の保守化した総裁政府(ディレクトワール)に失望したバブーフは、武装蜂起による政府転覆を企てました。これが歴史に名高い「平等者の陰謀(コンスピラシオン・デゼゴ)」です。しかし計画は密告により発覚し、同志たちとともに逮捕されました。
ヴァンドームでの裁判の結果、バブーフは死刑を宣告され、1797年5月27日にギロチンで処刑されました。獄中で自ら命を絶った息子や同志の運命も、この事件に悲劇的な色合いを添えています。
後世への影響――バブーイズムの誕生
バブーフの思想と闘争は「バブーイズム(バブーフ主義)」として体系化され、後の社会主義・共産主義思想に大きな影響を与えました。マルクスやエンゲルスも彼を高く評価しており、マルクス主義の系譜において、バブーフは世界初の共産党の創設者、すなわち共産主義運動の先駆者とみなされています。彼が描いた平等社会の構想は、19世紀以降の革命思想の重要な源流の一つとなったのです。