
ベルトラダ・ド・ラオン(Bertrade de Laon、?〜783年7月12日)は、フランク王国の王妃であり、カール大帝(シャルルマーニュ)の母として知られる歴史上の人物です。「大足のベルタ」という異名でも広く知られています。
ラオン伯カルベールの娘として生まれる
ベルトラダは、ラオン伯カルベール(Caribert)の娘として生まれました。生年については710年代から720年代まで諸説ありますが、当時の貴族女性としては珍しく、その名前と出自が比較的明確に記録に残っている人物です。
ピピン3世との結婚と王妃への道
当初、ベルトラダは後のフランク王ピピン3世(小ピピン)にとって正式な妻ではなく、側室に近い立場でした。しかし、野心家で気丈な性格だったと伝えられる彼女は、749年頃についに正式な結婚を実現させます。この結婚により、彼女はメロヴィング朝に代わる新王朝の創設者の妻となり、運命を大きく切り開きました。
カール大帝とカールマンの母
751年、夫ピピンが教皇ザカリアスの承認を得てフランク王に即位すると、ベルトラダも正式にフランク王妃の座に就きました。夫妻の間には、後に西ヨーロッパの大部分を支配し「大帝」と称えられるカール(カール大帝)と、その弟カールマンが生まれています。
晩年と死
768年に夫ピピンが死去すると、王国はカールとカールマンの兄弟によって分割統治されることになりました。ベルトラダは対立しがちな二人の息子の和解に尽力したと伝えられます。771年に弟カールマンが早世すると、その未亡人と子供たちはカールのもとを去りました。ベルトラダ自身は783年7月12日にシュアジオーバック(Choisy-au-Bac)で生涯を閉じ、パリ近郊のサン=ドニ大聖堂に埋葬されました。