歴史上の人物

ジャック・ピエール・ブリソ(ブリソ・ド・ヴァルヴィル、1754年〜1793年)

波乱に満ちた生涯を歩んだ革命家

ジャック・ピエール・ブリソは、フランス革命期における重要な政治家・ジャーナリストの一人です。彼は波乱に満ちた過去を持ち、王妃マリー・アントワネットを批判するパンフレットを発表したことにより、一時期投獄された経験もありました。

ジャック・ピエール・ブリソ(ブリソ・ド・ヴァルヴィル、1754年〜1793年)

ジロンド派の指導者として

ブリソは新聞『フランス愛国者』を創刊し、立法議会および国民公会の議員として活躍しました。ジロンド派(ブリソ派とも呼ばれる)の指導者の一人として知られ、対オーストリア戦争の開戦を強く主張した急進的な戦争支持派でもありました。

ロベスピエールとの対立と最期

しかし、同じく戦争支持者として名を馳せたロベスピエールとの関係は次第に悪化していきます。山岳派に対する強硬な反対姿勢が仇となり、ブリソは次第に人望を失っていきました。やがてロベスピエールら山岳派が実権を握るようになったジャコバン・クラブからは追放されることとなります。

その後もロベスピエールはブリソとジロンド派を執拗に追い詰め続けました。ついにブリソは逮捕され、1793年にギロチンによって処刑されました。フランス革命の激動の中で、理想を掲げた男の悲劇的な最期でした。