歴史上の人物

クロタール3世(652年~673年):メロヴィング朝ネウストリア・ブルグント王の生涯

クロタール3世(652年~673年):メロヴィング朝ネウストリア・ブルグント王の生涯
ネウストリアおよびブルグントの王クロタール3世は、フランク王クローヴィス2世とその妃バティルド(後の聖バティルド)の息子として生まれました。

幼少期と摂政体制

即位した際、クロタール3世はまだ幼少であったため、国政は母后バティルドと宮宰(マイヨール・ド・パレ)によって摂政という形で運営されました。この時代、メロヴィング朝では実質的な政治の主導権が次第に宮宰の手へと移っていくことになります。

エブロワンの台頭と王権の空洞化

父クローヴィス2世の死後、その地位を引き継いだ宮宰エブロワンは急速に権力を集中させました。名ばかりの王となったクロタール3世をよそに、エブロワンが実権を握ったことで、メロヴィング朝の王権は大きく形骸化していきます。

死去と後継者問題

673年、クロタール3世は死去しました。エブロワンは王の弟ティエリー3世を後継者に擁立し、他の王位請求者を退けることになります。しかしその強権的な支配には不満が高まり、同年には貴族たちの反乱によってエブロワンはリュクセイユ修道院へ追放され、代わってアウストラシア王キルデリク2世が全フランク王国の王位に就くなど、フランク王国の政局は大きく動揺することとなりました。