
クロテール1世(クロタール1世とも表記される)は、フランク王国の創始者クローヴィス1世と王妃クロティルドの間に生まれた三男です。兄弟の中で最も冷酷かつ狡猾な人物として知られ、父の死後にはソワソンを中心とする王国(後のネウストリアに相当する地域)を相続しました。
甥たちの殺害と対外遠征
兄クロドメールが死去すると、クロテールはもう一人の兄シャルデベール1世(ヒルデベルト1世)の反対を押し切り、遺された甥たちを残忍にも殺害してしまいます。この事件は、彼の非情な性格を象徴する出来事としてよく知られています。その後、クロテールとシャルデベールは協力してブルグント王国および西ゴート王国への遠征を行い、勢力圏を大きく広げていきました。
東方への侵攻と息子クロムとの対立
テウデリク1世の子であるテウデベール1世が死去すると、クロテールはその機に乗じて再び自らの領土を拡大します。東方ではザクセン人やテューリンゲン人の土地を侵略し、徹底的に荒廃させました。しかし晩年には、息子クロムとの深刻な対立が勃発。ブルターニュへ逃亡したクロムを討伐するため、老いた王は自ら遠征に赴くことになります。
フランク王国の再統一と死後の分割
558年にシャルデベール1世が、またそれに先立つ555年にテウデバルド(テウデベール1世の子)が死去すると、クロテールは父クローヴィス1世の時代よりもさらに拡大したフランク王国全土を支配する唯一の王となりました。これにより、分裂していたメロヴィング朝の領土は一時的に再統一されることとなります。
私生活においても、クロテールは多くの女性と関係を持ち、妻の一人には兄クロドメールの未亡人も含まれていました。
561年に死去すると、彼の王国は四人の息子たち——カリベルト1世、グントラム、シギスベルト1世、そしてキルペリク1世——の間で分割され、フランク王国は再び分裂の時代を迎えることになりました。