
革命から王党派への転換
モーリス・ジゴスト・デルベは元騎兵将校であり、1789年には第三身分の議員として三部会に参加しました。当初はフランス革命に好意的な立場を取っていましたが、革命政府が聖職者を国家の管理下に置こうとした「聖職者民事基本法」に強い衝撃を受け、やがてヴァンデ地方の反乱へと身を投じることになります。
カトリック王党派軍の総司令官として
デルベは農民出身の英雄ジャック・カトリノーと共に戦い、カトリノーが倒れた後にはその後を継ぎ、カトリック王党派軍の総司令官に就任しました。戦場での勇猛さは際立っており、同時に豊富な軍事的経験と冷静な判断力を持っていたため、血気盛んな若い将軍たちにとって良き師であり頼れる存在でもありました。
1793年9月には、ボンシャンやシャレットらと共にトルフーの戦いに臨み、共和派の有能な将軍ジャン=バティスト・クレベール率いる部隊を撃退するという輝かしい勝利を収めています。
悲劇的な最期
しかし同年10月のショレーの戦いでデルベは重傷を負い、共和派軍の捕虜となってしまいました。そして最終的に、共和派によって銃殺刑に処されたのです。ヴァンデ反乱の指導者の一人として、その生涯は革命という激動の時代の悲劇を象徴しています。