歴史上の人物

ルイ9世(聖ルイ)(1214年~1270年)|フランス中世史に輝く敬虔なキリスト教王

ルイ9世とはどのような人物か

ルイ9世は、フランス王ルイ8世とカスティーリャ王女ブランシュとの間に生まれた王子です。1226年、父王の死去に伴い、わずか12歳という若さで王位に就きました。幼少期であったため、国政は母ブランシュが摂政として担うことになり、彼女の政治的影響力は1242年まで長きにわたって及びました。

敬虔な信仰と民衆への深い思いやり

ルイ9世はきわめて敬虔なキリスト教徒として知られ、歴代の王たちが築き上げてきた立法・行政の制度をさらに発展させました。同時に、王国の貧しい人々に寄り添う姿勢でも有名で、その姿は民衆の間に親しみやすいイメージとして広く伝えられています。施しや慈善活動にも積極的に取り組み、「民の王」としての評価を確立しました。

二度にわたる十字軍遠征

ルイ9世は生涯で二度の十字軍を自ら率いました。最初は第7回十字軍で、遠征の主戦場となったのはエジプトです。二度目は第8回十字軍(1270年)で、北アフリカのチュニスへ向かいましたが、この地で病に倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。

この遠征において、彼はチュニスのスルタンをキリスト教へ改宗させ、エジプトのスルタンと対立させるという構想を抱いていたと伝えられています。

死因をめぐる謎

伝承では、ルイ9世はペスト(黒死病)で亡くなったとされています。しかし、ペストが西欧で再び大流行するのは1347年頃からであり、1270年の死因と考えるには時代的な矛盾があります。実際には、遠征中の劣悪な衛生環境による赤痢などの感染症が死因だったと考えられています。

列聖――「聖王」としての歴史的評価

1297年、ルイ9世はローマ教皇によって列聖され、「フランスの聖ルイ(Saint Louis de France)」の名で崇敬されるようになりました。フランス国王として唯一列聖された人物であり、「聖王サン・ルイ」として後世の中世ヨーロッパに多大な影響を与え続けました。

系譜と前後の王

ルイ9世の父は「獅子王」の異名を持つルイ8世、そして王位を継いだのは息子のフィリップ3世(豪胆王)です。在位期間は1226年から1270年まで。各人物の詳細については、それぞれの専用記事をご参照ください。