
フランス革命期の工兵将校
クロード・ジョゼフ・ルジェ・ド・リール(Claude Joseph Rouget de Lisle、1760年~1836年)は、フランスの陸軍工兵将校であり、詩人・作曲家としても知られています。彼の名を不朽のものとしたのは、1792年にストラスブールで作詞・作曲した革命歌「ラ・マルセイエーズ」です。
当時、オーストリアやプロイセンに対する戦争が始まろうとしていたフランスでは、愛国心を高める歌が求められていました。ルジェ・ド・リールはストラスブール駐屯中に、元々は「ライン軍のための戦歌」と題されたこの曲を作り上げました。この曲はマルセイユの義勇兵たちによってパリで歌われたことから、「マルセイエーズ」と呼ばれるようになり、後にフランスの国歌として採用されました。
恐怖政治下の投獄と釈放
しかし、革命の激動の中で彼自身の運命は決して平坦なものではありませんでした。ロベスピエール率いる恐怖政治の時代には、王党派の疑いをかけられて投獄されました。幸いにも1794年7月、テルミドールのクーデタによるロベスピエールの失脚・処刑の後、釈放されています。
釈放後も彼は創作活動を続け、歌曲やロマンス(抒情歌)、戯曲などを多数発表しました。代表作の一つには、1798年の戯曲『母たちの学校』があります。しかし、これらの作品は大きな成功を収めることはなく、彼は長い間、世間の影に埋もれた存在となってしまいました。
晩年:ルイ・フィリップからの年金受給
ルジェ・ド・リールがようやく公的に認められたのは、七月王政の時代になってからでした。国王ルイ・フィリップが彼に年金を与えたことで、貧困の中にあった晩年は幾分か救われることになりました。国歌の作者でありながら長年忘れ去られていたという皮肉な生涯を経て、彼は1836年にショワジー=ル=ロワで亡くなりました。