歴史上の人物

エラスムス――人文主義と自由意志を貫いたルネサンスの神学者

エラスムスの生涯

デジデリウス・エラスムス(Desiderius Erasmus)は1469年頃、オランダのロッテルダムに生まれました。父は司祭であり、彼自身も1492年に司祭に叙階されています。

1499年にはイングランドへ渡り、この旅で運命的な出会いを果たしたのが、思想家トマス・モアです。エラスムスは後に代表作の一つとなる『痴愚神礼讃』(1511年刊行)をモアに捧げました。この作品は、当時の社会のあらゆる階層を痛烈に風刺した名作として広く読まれています。

原典に立ち返る新しい神学

エラスムスの神学観の核心は、福音書のギリシア語原文に直接立ち返ることにありました。それまで主流だった聖ヒエロニムス(聖ジェローム)によるラテン語訳(ウルガータ)に依存するのではなく、原典に基づいて聖書を読み解こうとしたのです。この姿勢は、その後の宗教改革思想にも大きな影響を与えました。

宗教改革と「自由意志」

宗教改革の時代、エラスムスはどちらの陣営にも加わることを拒みました。教会の権力や聖遺物崇拝を批判する一方で、人間の救済を神の予定のみに帰するルターの決定論的立場も批判しました。彼自身は人間の自由意志を信じており、この時期に『自由意志論』という論考を著しています。

バーゼルからフライブルクへ

両陣営から攻撃を受けたエラスムスは、しばらくバーゼルに滞在しました。当時のバーゼルでは、カトリック信徒と改革派が比較的穏やかに共存していたためです。しかし宗教改革がバーゼルに及ぶと、彼はカトリックの都市フライブルク・イム・ブライスガウへ移住することになりました。

基本情報

  • 生没年:1469年頃~1536年
  • 身分:人文主義者、神学者、司祭