歴史上の人物

ヨハネス・グーテンベルク――活版印刷術の発明者の生涯

金細工師から印刷術の発明者へ

金細工師としての修行を積んだヨハネス・グーテンベルクは、印刷機(活版印刷術)の発明者として広く知られています。1428年にマインツを離れた彼は、1434年頃にストラスブールへ移り住みました。当地では複数の市民たちと交流しながら、アンチモンを加えた鉛・錫・銅の合金を用いた石材加工や鏡の製造技術を考案しています。この合金こそが、後に彼が極秘に進めていた新たな計画――活版印刷による文字列の複製――に不可欠な可動式活字(可動活字)の製造にも応用されることになりました。

フォストとの提携と「四十二行聖書」

1448年にマインツへ戻ったグーテンベルクは発明の完成に取り組み、1450年に富裕な銀行家ヨハン・フォストと提携しました。フォストはプロジェクトの実現に必要な資金を提供します。こうして世に出たのが有名な「四十二行聖書」でしたが、その売上は投じた費用を回収するには及ばず、1455年、フォストはグーテンベルクを訴えました。訴訟の結果、グーテンベルクは自らの発明の権利をフォストに奪われることとなります。フォストはその2年後の1457年に『マインツ詩篇集』を出版しました。

晩年と死

それから約10年後、グーテンベルクはマインツ大司教により騎士に叙せられ、終身年金の給付も受けました。彼は1468年2月3日、マインツでその生涯を閉じています。

生没年:1397〜1400年頃 – 1468年

ヨハネス・グーテンベルク――活版印刷術の発明者の生涯

肩書き・職業

金細工師
印刷機(活版印刷術)の発明者