歴史上の人物

ハンムラビ ― バビロンを帝国へ導いた古代メソポタミアの偉大な王

ハンムラビ(Hammurabi)は、紀元前1792年頃、父シン・ムバッリトからバビロンの王位を継承しました。当時のバビロンは、メソポタミアに数多く存在した都市国家の一つにすぎない中規模の町でした。メソポタミアという大地は、各都市国家間の絶え間ない内戦によって引き裂かれていたのです。

政治的手腕で築き上げたバビロンの黄金時代

しかし、バビロン第6代王ハンムラビは、類まれな政治戦略家でした。巧みな同盟外交を展開して周辺勢力との関係を構築し、都市の力を飛躍的に高めることに成功します。彼の治世のもとでバビロンは黄金時代を迎え、単なる一都市国家から、メソポタミア全域を支配する真の帝国へと発展したと考えられています。

ハンムラビの偉大さは、征服だけにとどまりません。彼は獲得した領土の再編と統治体制の強化にも尽力しました。また、優れた建設者としても知られ、その都市計画事業は規模においても質においても壮大なものでした。

「ハンムラビ法典」― 世界最古級の成文法

ハンムラビの名を後世に最も強く刻んだのは、立法者としての業績です。1901年、現在のイラン・スーサの遺跡で発見された「ハンムラビ法典」の石碑により、その存在が広く知られるようになりました。

この石碑には、太陽神であり正義の神でもあるシャマシュから権威の象徴を受け取るハンムラビの姿が浮き彫りに描かれ、彼が定めた全282条の法律が刻まれています。この法典は、メソポタミアで発見された法典の中で最も完全な形で残されており、同時に最古級の成文法としても知られています。「目には目を」という有名な同害報復の原則も、この法典に由来するものです。石碑は現在、フランス・ルーヴル美術館に所蔵されています。

基本情報

在位期間:紀元前1792年頃~紀元前1750年頃
生没年:紀元前1810年頃~紀元前1750年頃

身分

国家元首
バビロン王