スレイマン2世とは
スレイマン2世(Suleiman II)は、1642年4月15日にコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)で生まれた、オスマン帝国の第20代スルタンです。1642年から1691年にかけての短い生涯を送った君主として知られています。

生い立ち:閉ざされた宮殿での40年間
スレイマン2世は、人生の最初の40年間を、外部の社会から完全に切り離された閉鎖的なイスラム宮殿——いわゆる「セラグリオ(ハレム)」の中で過ごしました。皇族男子が幽閉される「黄金の檻(カフェス)」と呼ばれる区画で育ち、政治や国際情勢から隔絶された環境に置かれていたのです。
1687年11月8日の即位
1687年11月8日、兄メフメト4世の廃位に伴い、スレイマン2世は帝位を継承してスルタンとなりました。しかし、40年間もの閉鎖空間で育った影響は大きく、国際関係への対応や戦争の指揮といった為政者に不可欠な務めを果たすことに、非常に大きな困難を抱えていました。
弱く臆病な君主の苦悩
同時代の人々から「弱く、臆病な人物」と評されたスレイマン2世は、本来統治に適した性格ではありませんでした。そのため、民衆と軍隊双方の信頼を保つために、在位中は絶えず苦心を重ねなければなりませんでした。治世は大トルコ戦争の最中にあたり、1690年に名臣コプリュリュ・ムスタファ・パシャを大宰相に起用し、ベオグラード奪回などの軍事的成果も見られましたが、帝国全般の衰退を食い止めるには至りませんでした。
死去:即位からわずか4年後
1691年6月22日、スレイマン2世は水腫(むくみ)を原因とする病により崩御しました。即位からわずか4年後のことです。享年49歳。彼の死後、弟のアフメト2世が帝位を継ぎました。
基本情報
在位期間: 1642年〜1691年(在位:1687年〜1691年)
身分: オスマン帝国第20代スルタン
死因: 水腫