サフラジェット(suffragette)とは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、女性の参政権(選挙権)獲得を目指して活動した人々のことです。とりわけイギリスで激しい抗議行動を展開した女性活動家たちを指す言葉として知られていますが、アメリカをはじめ各国にも、平和的な手段で運動を牽引した多くのリーダーが存在しました。
この記事では、歴史に名を刻む代表的な女性参政権運動家16人を、アメリカとイギリスに分けて、生没年や主な功績とあわせてご紹介します。
アメリカの女性参政権運動家
スーザン・B・アンソニー(Susan B. Anthony/1820年〜1906年)
アメリカ女性参政権運動の象徴的存在。1872年に違法投票を試みて逮捕されたことが有名で、のちに彼女の肖像は1ドル硬貨に採用されました。エリザベス・キャディ・スタントンとともに全米女性参政権協会(NWSA)を設立し、生涯を運動に捧げました。
エリザベス・キャディ・スタントン(Elizabeth Cady Stanton/1815年〜1902年)
1848年のセネカ・フォールズ会議を主催し、アメリカ初の本格的な女性の権利運動の火付け役となりました。会議で発表された「感情宣言」の起草者であり、思想家として運動の理論的基盤を築きました。
ルーシー・ストーン(Lucy Stone/1818年〜1893年)
マサチューセッツ州出身者として初めて大学の学位を取得した女性です。結婚後も旧姓を通したことで知られ、講演家として全米を回りながら女性の権利を訴え続けました。アメリカ女性参政権協会(AWSA)の設立にも関わっています。
イダ・B・ウェルズ(Ida B. Wells-Barnett/1862年〜1931年)
ジャーナリスト兼公民権活動家。私刑(リンチ)の実態を告発する調査報道で国際的に知られ、シカゴでアルファ・サフラージュ・クラブを設立するなど、黒人女性の参政権獲得にも力を注ぎました。
ソジャーナ・トゥルース(Sojourner Truth/1797年頃〜1883年)
奴隷制から逃れた元奴隷で、伝道師として自由と女性の権利を訴えて各地を旅しました。1851年の演説「私は女性ではないのか?(Ain't I a Woman?)」は、人種と性別を越えた平等を訴える歴史的な名言として今も語り継がれています。
キャリー・チャップマン・カット(Carrie Chapman Catt/1859年〜1947年)
全米アメリカ女性参政権協会(NAWSA)の会長として「ウィニング・プラン」と呼ばれる戦略を立案し、1920年の憲法修正第19条(女性参政権)成立の原動力となりました。戦後は女性投票者同盟(League of Women Voters)を創設しています。
イギリスの女性参政権運動家
エメリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst/1858年〜1928年)
1903年に女性社会政治同盟(WSPU)を設立した、イギリス・サフラジェット運動の中心人物。「行動は言葉よりも雄弁である(Deeds, not words)」を合言葉に、時には過激な手段も辞さない闘争を指揮しました。1999年にはタイム誌の「20世紀最も重要な100人」の一人に選ばれています。
クリスタベル・パンクハースト(Christabel Pankhurst/1880年〜1958年)
エメリンの長女で、WSPUの共同設立者。母とともに運動の戦略を担い、機関誌『ザ・サフラジェット』の編集にも携わるなど、組織の理論的支柱となりました。
シルヴィア・パンクハースト(Sylvia Pankhurst/1882年〜1960年)
エメリンの次女。ロンドン東部の労働者階級の女性たちのために東ロンドン連盟を組織するなど、階級問題にも目を向けた活動を展開しました。画家としての才能も持ち、社会主義思想の影響を受けた独自の路線を貫きました。
ミリセント・フォーセット(Millicent Fawcett/1847年〜1929年)
全英婦人参政権協会連合(NUWSS)の会長として、デモや請願といった合法的かつ穏健な手法で運動を率いました。2018年には、ロンドンのパーラメント・スクエアに銅像が建てられた最初の女性となりました。
エメリン・ペシック=ローレンス(Emmeline Pethick-Lawrence/1867年〜1954年)
WSPUの財務担当者として組織の資金面を支え、夫フレデリックとともに機関誌『Votes for Women』の発行にも関わりました。のちに穏健路線への転換を図るなど、運動の方向性をめぐって重要な役割を果たしました。
フローラ・ドラモンド(Flora Drummond/1878年〜1949年)
馬に乗ってデモ隊を先導した姿から「将軍(The General)」の愛称で呼ばれたWSPUの活動家です。大胆な行動力と優れた組織力で、大規模な行進や集会の成功に大きく貢献しました。
メアリー・シープシャンクス(Mary Sheepshanks/1872年〜1960年)
サフラジストであり平和主義者。第一次世界大戦中は反戦運動に身を投じ、国際女性参政権同盟(IWSA)の機関誌編集などを通じて、国際的な女性ネットワークの構築に尽力しました。
アニー・ケニー(Annie Kenney/1879年〜1953年)
工場労働者出身のサフラジェット。クリスタベル・パンクハーストとともに政治集会で質問を投げかけ逮捕された、WSPU初期の闘争における先駆的存在です。労働者階級の女性たちを運動へと導く架け橋となりました。
シャーロット・マーシュ(Charlotte Marsh/1887年〜1961年)
WSPUの有能なオーガナイザーとして各地で活動し、デモ行進や直接行動にも参加しました。逮捕後の強制摂食に屈しなかった、闘志あふれる活動家の一人です。
ノラ・スミス(Norah Smyth/1874年〜1963年)
シルヴィア・パンクハーストの東ロンドン連盟で活動した写真家兼活動家です。労働者階級の暮らしや運動の様子を記録した写真は、当時のサフラジェット運動を伝える貴重な史料となっています。
まとめ
サフラジェットたちの闘いは、イギリスでは1918年・1928年、アメリカでは1920年の女性参政権獲得という形で実を結びました。彼女たちが残した勇気ある足跡は、現代におけるジェンダー平等の礎となっています。名前だけでなく一人ひとりの功績を知ることは、この歴史的な運動の意義をより深く理解する助けとなるでしょう。