結論から言えば、ロバート・E・リーとユリシーズ・S・グラントは友人ではありませんでした。アメリカ南北戦争において、南軍(アメリカ連合国軍)の総司令官を務めたリーと、北軍(合衆国軍)の総司令官として戦い、後に第18代アメリカ合衆国大統領となったグラントは、戦場で敵対する立場にあったのです。
軍人としての互いへの敬意
ただし、両者の関係が単なる「敵同士」だったわけでもありません。リーとグラントは、軍指揮官として互いの能力に敬意を払う関係でした。実は二人には共通点も多く、どちらもウェストポイント(陸軍士官学校)の卒業生であり、米墨戦争では同じ側、つまり合衆国軍の一員として従軍した経験を持っていました。
アポマトックスでの歴史的な会見
1865年4月、バージニア州アポマトックス・コートハウスにおいて、リーはグラントに対して南軍の降伏を受け入れました。この際、グラントはリーに対して寛容な条件を提示し、敗者に対する思いやりある態度で接したことで知られています。この会見は、両者が個人的な友人ではなかったものの、深い敬意をもって接しあったことを示す象徴的な出来事として、今日でも語り継がれています。
まとめ
つまり、リーとグラントは私的な友情で結ばれた仲ではありませんでしたが、戦時中という極限状況の中でも、互いを一人の人間として、そして軍人として尊重し合う関係を保っていたのです。戦後、グラントはリーの名誉を守る姿勢を見せ、その振る舞いは国民和解の象徴ともされました。