第一次世界大戦(1914年〜1918年)において、兵士たちが背負ったバックパック(背嚢)は、所属する国や戦争の時期によってさまざまな形態がありました。しかし、その多くには共通する特徴が見られます。
当時の背嚢に共通する特徴
軍用背嚢の主流は、丈夫なキャンバス地(帆布)または革で作られたもので、兵士の背中に安定して固定できるよう設計されていました。
内部は複数の区画に仕切られており、最も大きな収納スペースが下部に、小さなポケットが側面や上部に配置されるのが一般的でした。さらに、本体には数多くのストラップ(背負い紐)とバックルが取り付けられており、兵士は自分の体格に合わせてフィット感や荷重の分散を細かく調整することができました。
背嚢に詰め込まれていた携行品
兵士たちが背嚢に入れて前線に向かった主な品目は以下の通りです。
- 食料(レーション)
- 水筒
- 救急キット
- 弾薬
- 予備の衣類
- シャベル(塹壕掘削用具)
- ガスマスク
- 食器セット(メスキット)
- 手紙や写真などの個人的な持ち物
国によって異なる背嚢の様式
各国軍では、それぞれ独自の装備体系が採用されていました。
- ドイツ軍: 牛革製の箱型背嚢「トルニスター(Tornister)」を使用し、毛布やテント地を上部に固定するスタイルが一般的でした。
- イギリス軍: 1908年式織物装備(1908 Pattern Webbing)を採用。キャンバス製の小包を腰帯に接続し、重量を体全体で分散させる先進的な設計でした。
- フランス軍: 戦争初期には革製の背嚢を使用していましたが、資材不足により次第に簡素化されたキャンバス製へと移行していきました。
兵士を苦しめた「重さ」との闘い
背嚢の総重量は、任務の内容や運搬が求められる補給品の量によって大きく変動しました。フル装備の場合、その重さは約18〜23kg(40〜50ポンド)に達することもありました。
この重量は、長距離の行軍や泥濘んだ塹壕間の移動、悪天候下の山岳地帯での作戦などにおいて、兵士たちにとって深刻な肉体的負担となりました。疲労は戦闘力の低下に直結するため、各国とも装備の軽量化と効率的な配置に工夫を凝らすことになったのです。