地理学者は、バビロンの空中庭園を実在する場所として研究対象にすることはありません。その理由は、この庭園が実在が確認されていない伝説上の場所と考えられているためです。
古代文献に記された「世界七不思議」の一つ
バビロンの空中庭園は、古代の文献の中で「世界七不思議」の一つとして華々しく描かれてきました。ストラボンやフィロンといった古代の作家たちは、段々状に積み重ねられた庭園、高度な灌漑システム、そして王の妃を楽しませるために造られた壮大な建築物について、生き生きと記述しています。
実在を裏付ける証拠は見つかっていない
しかしながら、バビロン遺跡で行われた大規模な発掘調査においても、空中庭園の存在を示す考古学的証拠は一切発見されていません。また、同時代のバビロンの公式記録や行政文書にも、空中庭園に関する言及は確認されていません。
こうした状況から、多くの歴史学者や地理学者は、空中庭園を後世の創作あるいは誇張された伝説とみなし、実証的な研究の対象としては扱っていません。
ニネヴェ起源説という仮説も
一方で、一部の学者の間では、新アッシリア帝国のセンナケリブ王が首都ニネヴェに建造した大規模な庭園こそが、空中庭園伝説の原型ではないかという説も提唱されています。しかし、この説も決定的な証拠には至っておらず、バビロンの空中庭園の正体は今なお謎に包まれたままです。