歴史クイズ

バビ・ヤール虐殺に関する演習問題(解答・解説付き)

バビ・ヤール虐殺とは

バビ・ヤール虐殺は、1941年9月29日から30日にかけて、ナチス・ドイツによってキーウ(キエフ)のユダヤ人約3万3千人が大量殺害された、ホロコースト史上最悪級の悲劇です。以下の演習問題に取り組みながら、この歴史的事件の背景と経緯について理解を深めましょう。

演習問題

問題1

1941年9月29日と30日に行われたキーウのユダヤ人の絶滅は、ナチスが報復として命じたものでした。その理由として正しいものを以下から選びなさい。

a) ベラルーシの森に潜むパルチザンによる攻撃

b) ナチスが使用していたキーウの建物に対する爆弾攻撃

c) スターリングラードのヴォルガ川河岸でナチスが受けた敗北

d) ジューコフが巧みに防衛したレニングラード侵攻の失敗

e) キーウのユダヤ人が、衣服に縫い付けたダビデの星の着用を拒んだこと

問題2

バビ・ヤール虐殺は、ナチス軍を構成し、東欧におけるユダヤ人絶滅のために割り当てられた、あるいは再配置された部隊によって実行されました。この虐殺に参加しなかった集団を以下から選びなさい。

a) ウクライナ補助警察を構成した現地の協力者

b) ドイツ国防軍(ヴェアマハト)の歩兵部隊「陸軍(Heer)」のメンバー

c) 親衛隊(Schutzstaffel)、通称SS

d) ドイツ海軍(Kriegsmarine)

e) 殺戮部隊「特別行動隊(Einsatzgruppen)」

問題3

キーウの攻略は、南方軍集団が中央軍集団の支援を受けて、1941年8月から9月にかけて実施しました。これはドイツのどの戦略に含まれるものでしょうか。

a) ツィタデレ作戦

b) ヒムラー作戦

c) バルバロッサ作戦

d) 最終的解決(ホロコースト)

e) アンシュルス

問題4

キーウの攻略は、東欧におけるソ連領土の他の多くの地域と同様に、ヒトラーが主導した領土拡大計画の一環でした。この計画として知られるものは次のうちどれですか。

a) レーベンスラウム(生存圏)

b) アンシュルス

c) 東方総合計画(Generalplan Ost)

d) マダガスカル計画(Madagaskarplan)

e) 飢餓計画(Hungerplan)

解答と解説

問題1の解答:B

いわゆるバビ・ヤール虐殺は、ドイツ政権がキーウで使用していた建物に対して仕掛けられた爆弾攻撃への報復として、ナチスによって実行されました。この攻撃によりドイツ人数名が死亡しましたが、ナチスはユダヤ人にこの事件の責任があると非難しました。しかし実際には、この爆撃はソ連の秘密警察NKVDによって実行されたものであり、ユダヤ人は無実のスケープゴートとされたのです。

問題2の解答:D

バビ・ヤール虐殺は、東欧でナチスが犯した他の多くの虐殺と同様に、特別行動隊(Einsatzgruppen)と呼ばれる殺戮部隊が先頭に立って実行しました。キーウでは、当時しばしば見られたように、他の戦闘部隊もユダヤ人虐殺に加担しました。この事件に関与したのは、ウクライナ補助警察の現地協力者、親衛隊(SS)、そしてドイツ国防軍歩兵部隊の兵士たちでした。一方、海軍(Kriegsmarine)のメンバーが関与することはありませんでした。

問題3の解答:C

キーウの攻略は、1941年6月に開始されたソ連侵攻計画、すなわちバルバロッサ作戦の一部でした。この作戦は、ボリシェヴィズムの破壊、「生存圏」の創出、そしてソ連の鉱物資源の掌握を目指して、ソ連占領全体を調整するものでした。さらに、キーウの確保は、ウクライナの豊かな穀物生産へのアクセスを確保する上でも重要な意味を持っていました。

問題4の解答:A

東欧におけるドイツの征服は、ヒトラーの「生存圏」構想、すなわちレーベンスラウム(Lebensraum)の一環でした。この構想は、歴史的にゲルマン民族が居住していなかった土地までも含むこの地域の領土によって、第三帝国を形成しようとするものでした。この計画の狙いは、ゲルマン系人口の移住による領土の植民地化と、スラヴ民族の奴隷化にありました。