ベトナム戦争(1955年〜1975年)は、冷戦構造の中で東西両陣営が介入した代理戦争でした。北ベトナムと南ベトナムという同じ民族同士の対立を軸に、アメリカやソ連、中国といった大国が深く関与し、地域紛争が国際的な戦争へと拡大していきました。ここでは、ベトナム戦争に参加・支援した主要な国々をわかりやすく解説します。
ベトナム戦争の主な参戦国・支援国
北ベトナム(ベトナム民主共和国)
ベトナム民主共和国は、ホー・チ・ミン率いる労働党(ラオドン党)が指導する共産主義国家で、現在の北ベトナムにあたる地域を支配していました。南北の統一を掲げ、ゲリラ組織「南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)」を通じて戦いを展開し、ソビエト連邦や中国など共産圏諸国から武器・資金・物資などの多大な支援を受けていました。
南ベトナム(ベトナム共和国)
ベトナム共和国は、ゴ・ディン・ジェム(呉廷琰)が初代大統領として率いた親西側陣営の国家です。彼の暗殺後は軍事政権が相次いで政権を担いましたが、政治的な安定には至りませんでした。アメリカをはじめとする反共諸国からの強力な軍事的・経済的支援を受けながら、北ベトナムに対抗しました。
アメリカ合衆国
アメリカは南ベトナム最大の支援国であり、軍事援助や経済援助にとどまらず、最終的には50万人を超える地上部隊を投入しました。さらに、北ベトナムへ大規模な爆撃作戦(ローリングサンダー作戦など)を実施し、戦争の行方を左右する重要な存在となりました。しかし、戦争の長期化と犠牲者の増大によって国内世論の反発が高まり、1973年には撤退しました。
ソビエト連邦
ソ連は北ベトナムにとって最大の後ろ盾でした。戦闘機やミサイルなどの兵器供与、財政援助に加えて軍事顧問団を派遣し、北ベトナム軍の訓練や運用を支援しました。特に地対空ミサイル(SAM)の配備は、アメリカ軍の爆撃に対する防空能力を飛躍的に高めることになりました。
中華人民共和国(中国)
中国も北ベトナムを支援した重要な国家の一つです。大量の武器弾薬や食料などの物資援助を行うとともに、高射砲部隊や工兵部隊など延べ30万人規模の部隊を派遣し、防空任務や補給路の維持を担いました。ただし、これらの部隊は表向き「義勇軍」とされ、正規軍としての参戦は公式には認められていませんでした。
その他の関与した国々
南ベトナム側には、韓国がアメリカに次ぐ規模となる延べ30万人以上の兵力を派遣したほか、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、フィリピンなども戦闘部隊や支援部隊を送り込みました。韓国軍は高い戦闘能力で知られ、「メーデー部隊」「ドラゴン部隊」などの名称で活動しました。
一方、フランスはベトナムをかつて植民地支配していた旧宗主国であり、南ベトナム政権の樹立初期には一定の影響力を保持していましたが、第一次インドシナ戦争の敗北後、1950年代半ばに撤退しています。
まとめ
ベトナム戦争は、北ベトナム(ソ連・中国など共産圏の支援)と南ベトナム(アメリカ・韓国・オーストラリアなど西側陣営の支援)という構図で戦われた、冷戦期を代表する代理戦争でした。大国同士の思惑が交錯する中で、ベトナムの人々は甚大な被害を受け、戦争は1975年のサイゴン陥落によって北ベトナムの勝利をもって幕を閉じました。