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ベトナム戦争の第7騎兵連隊とは?「解散説」は誤り――イア・ドラン谷の戦いなど実像を解説

「ベトナム戦争で第7騎兵連隊は何を助けましたか?」という質問に対して、「第7騎兵連隊はベトナムに派遣されず、第二次世界大戦後に解散した」という回答を目にすることがあります。しかし、これは事実と異なる誤解です。本記事では、第7騎兵連隊の実際の歩みと、ベトナム戦争における役割をわかりやすく解説します。

第7騎兵連隊は解散していなかった

アメリカ陸軍第7騎兵連隊は、第二次世界大戦の終結後も解散されることなく存続し、冷戦期を通じて現役部隊として活動を続けてきました。実際、朝鮮戦争に続き、ベトナム戦争でも最前線で戦闘に参加しており、「解散していた」という情報は誤りです。

第7騎兵連7騎兵連隊の歴史的背景

第7騎兵連隊は1866年に創設された由緒ある部隊で、ジョージ・アームストロング・カスター中佐が指揮したリトルビッグホーンの戦い(1876年)でも広く知られています。第二次世界大戦では太平洋戦線で戦い、朝鮮戦争では国連軍の一員として参戦するなど、アメリカ陸軍を代表する部隊の一つです。

ベトナム戦争での役割

ベトナム戦争では、第1大隊および第2大隊が第1騎兵師団(空中機動師団)に所属し、ヘリコプターを活用した機動戦を展開する歩兵部隊として活動しました。従来の騎兵ではなく、ヘリボーン作戦の中核を担う部隊へと生まれ変わっていたのです。

イア・ドラン谷の戦い(1965年11月)

特に有名なのが、1965年11月に行われたイア・ドラン谷の戦いです。ハル・ムーア中佐が指揮する第1大隊は、北ベトナム軍の正規部隊と初めて大規模な正面衝突を行い、圧倒的な数の差にさらされながらも激戦の末に陣地を死守しました。この戦闘は映画『ワンス・アンド・フォーエバー』(原題:We Were Soldiers)でも描かれており、ヘリボーン戦術の有効性を示す歴史的な戦例となっています。

その後の作戦への参加

第7騎兵連隊の各大隊は、その後もケサン包囲戦(1968年)をはじめとする主要な作戦に参加し、ベトナムでの任務を長期間にわたり継続しました。

まとめ

「ベトナム戦争で第7騎兵連隊は何を助けたのか」という問いへの答えは、空中機動戦術の中核部隊として米軍の地上作戦を支え、イア・ドラン谷の戦いなど数々の激戦を戦い抜いたことにあります。同連隊が第二次世界大戦後に解散したという説は誤りであり、第7騎兵連隊は今日もなお現役の部隊として存続しています。