ニコライ2世は「参戦」したのではなく、宣戦布告を受けた側だった
ロシア皇帝ニコライ2世が自らの意思で第一次世界大戦に「参戦」したというわけではありません。正確には、1914年8月1日にドイツ帝国がロシア帝国に対して宣戦布告したことにより、両国は自動的に戦争状態に入りました。つまり、ロシアにとって開戦は選択の余地なく訪れたものだったのです。
開戦までの経緯
当時のヨーロッパは、複雑な同盟体系によって各国が結ばれていました。1914年6月28日のサラエボ事件をきっかけに、オーストリア=ハンガリーとセルビアの対立が急速に拡大し、同盟関係に基づいて大国が次々と動員へと踏み切ります。
ロシアはセルビアを支援する立場から動員命令を発令しました。これを重大な脅威とみなしたドイツが対露宣戦布告に踏み切り、ここにロシアは戦争へと巻き込まれていきました。
まとめ
「なぜニコライ2世が戦争に入ったのか」という問いへの答えは、彼自身が積極的に戦争へ飛び込んだのではなく、ドイツによる宣戦布告を受けて、ロシアが自動的に交戦国となった、という点にあります。皇帝個人の意志というより、当時の国際情勢と同盟構造がもたらした結果だったと言えるでしょう。