はじめに
1804年から1806年にかけて、メリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークが率いる探検隊(コー・オブ・ディスカバリー)は、北米大陸を西へ横断する壮大な旅に出ました。トーマス・ジェファーソン大統領の命を受け、彼らはミシシッピ川から太平洋までの道筋を調査し、沿道の地形や動植物、先住民族について膨大な記録を残しています。
この記事では、遠征の準備段階から帰還までに関わった16の主要な場所を、地域ごとにわかりやすく紹介します。
遠征の準備を支えた東部の都市
1. ペンシルベニア州ピッツバーグ
アレゲニー川とモノンガヒラ川が合流するこの町は、遠征の重要なスタート地点の一つでした。ルイスはここで遠征用の平底船(キールボート)を建造し、旅に必要な物資や装備を揃えています。
2. ペンシルベニア州フィラデルフィア
デラウェア川沿いに位置する、当時アメリカ最大の学問の中心地です。出発前、ルイスはここに滞在し、医学や博物学の専門家たちから標本採取や観測の手法を学びました。遠征の科学的な成功を支えた、知的な準備の場でした。
3. ハーパーズ・フェリー(ウェストバージニア州)
ポトマック川とシェナンドー川が合流する武器庫の町です。ルイスはここで銃火器や組み立て式ボートの鉄骨など、遠征に不可欠な装備を調達しました。
4. ワシントンD.C.
ポトマック川沿いに位置する首都です。ルイスは出発前にここでジェファーソン大統領と直接会い、大陸横断の目的や調査方針について詳細な指示を受けています。
5. カンバーランド(メリーランド州)
ポトマック川沿いの町で、ルイスは旅の途中に立ち寄り、物資や装備の追加購入を行いました。
オハイオ川沿いの立ち寄り地
6. シンシナティ(オハイオ州)
オハイオ川沿いで発展著しい町です。ルイスはここで物資を補給し、西部に関する情報を収集しながら川を下りました。
7. ルイビル(ケンタッキー州)
オハイオ川沿いの町で、クラークが合流し、隊員募集が本格化した場所です。ここで集まった若者たちは「ケンタッキーの9人組」と呼ばれ、遠征の中核を担いました。
8. クラークスビル(インディアナ州)
オハイオ川対岸、ルイビルの向かいに位置します。クラークの兄ジョージ・ロジャース・クラークゆかりの土地で、1803年から04年にかけての冬、二人はここで隊員の選定や計画の最終調整を進めました。
9. ヴィンセンズ(インディアナ州)
ワバッシュ川沿いの町です。ルイスはここでインディアナ準州知事ウィリアム・ヘンリー・ハリソン(後の第9代大統領)と会見し、西部の情勢について貴重な情報を得ました。
10. フォート・マサック(イリノイ州)
オハイオ川沿いに建つ軍事拠点です。探検隊はここで先行送付されていた物資を受け取り、新たな隊員も加えて出発の備えを整えました。
ミシシッピ川とミズーリ川沿いの拠点
11. フォート・カスカスキア(イリノイ州)
ミシシッピ川沿いの歴史ある砦です。ルイスはここで経験豊富な開拓者たちを隊員として勧誘し、旅に役立つ情報を集めました。
12. キャンプ・デュボワ(イリノイ州)
現在のイリノイ州アルトン近郊、ウッド川のほとりに設けられた冬営地です。1803年から04年の冬、探検隊はここで訓練と準備に励み、周辺の部族との交流を深めながら隊員を募集しました。翌年5月、いよいよミズーリ川をさかのぼる本格的な旅が始まります。
13. セントルイス(ミズーリ州)
遠征の玄関口となった都市です。ミシシッピ川沿いに位置し、出発時にも帰還時にもこの町を拠点としました。セントルイス北方の川岸にはフォート・ベルフォンテーヌがあり、探検隊ゆかりの地として知られています。
14. チカソー・ブラフス(テネシー州)
ミシシッピ川沿い(現在のメンフィス周辺)に位置します。ルイスはここでチカソー族の首長たちと会見し、友好関係の構築について話し合いました。
15. ナチェズ(ミシシッピ州)
ミシシッピ川沿いの古い町です。当時この地域はスペインからアメリカへ移管される過渡期にあたり、ルイスはここで関係者と会見し、境界や河川航行に関する最新の状況を確認しました。
16. ニューオーリンズ(ルイジアナ州)
ミシシッピ川がメキシコ湾に注ぐ河口近くに位置する交易の中心地です。1803年12月、ルイジアナ買収に伴う領土の引き渡しがこの街で行われ、探検隊が調査することになった広大な西部が正式にアメリカ領となりました。
まとめ
ルイス・クラーク探検隊の旅は、東部の都市での綿密な準備から始まり、ミシシッピ川とミズーリ川を経て、ついには太平洋へと達しました。1806年9月、隊はセントルイスへ凱旋し、アメリカ大陸の姿を大きく塗り替える膨大な地図と記録をもたらしています。これら16の場所をたどることで、遠征全体の流れとその歴史的な意義がより鮮明に浮かび上がります。