朝鮮戦争が勃発した1950年、ドワイト・D・アイゼンハワーはNATO(北大西洋条約機構)のヨーロッパ連合軍最高司令官(SACEUR)に就任しました。この重要なポストは、第二次世界大戦中のヨーロッパにおける連合軍最高司令官としての実績を評価されて与えられたものであり、彼は1950年から1952年までこの職務を務めました。
SACEURとしての主な役割
在任期間中、アイゼンハワーは以下のような責任を担っていました。
- NATOの戦略計画の策定と実施の管理
- 加盟国から組織に配属された軍事力の監督と指揮
- 西側同盟各国の防衛協力の調整と強化
朝鮮戦争への直接的な関与について
興味深い点として、アイゼンハワーは朝鮮戦争中の軍事作戦には直接関与していませんでした。彼の活動の場はあくまでもヨーロッパであり、ソビエト連邦による西側への脅威に対処することが最優先の任務でした。
しかしながら、SACEURとしての彼の仕事は、朝鮮半島での戦争と無関係だったわけではありません。冷戦期における西側陣営全体の防衛態勢と安全保障体制の構築に貢献することで、結果的に朝鮮戦争を含む世界規模の緊張状態への抑止力として機能しました。
その後の歩み
1952年、アイゼンハワーはアメリカ大統領選挙に出馬するために軍務を離れ、同年11月に第34代アメリカ合衆国大統領に選出されました。就任直後の1952年12月には朝鮮半島を視察し、停戦交渉への道筋をつけるなど、戦争終結にも大きな役割を果たすことになります。