歴史物語

ナチスが消そうとした民の記録――ベルリン・マルツァーンのロマ(ジプシー)強制収容所

ナチ党は、アーリア人種の純潔を脅かすとみなしたあらゆる民族集団を抹殺しようとしました。国家社会主義(ナチズム)のイデオロギーにおいて、ロマの人々はウンターメンシュ(Untermensch=劣等人種)に分類され、彼らがどこに住んでいようと排除の対象とされたのです。

ナチスが消そうとした民の記録――ベルリン・マルツァーンのロマ(ジプシー)強制収容所

1936年、ベルリン警察は首都から「ジプシー」と呼ばれたロマの人々を一掃する「浄化作戦」を実施しました。これは同年開催されたベルリンオリンピックを前に、街の姿を「整える」ためのものでした。800人以上が、マルツァーン地区に設けられた臨時の強制収容所へ送られます。

収容所は、ロマ自身が所有するキャラバン(屋根付き移動住居)や、収容者たちが自ら建てた木造建築や掘っ立て小屋によって構成されていました。敷地の周囲には有刺鉄線のフェンスが張り巡らされ、警察官が犬を連れて収容者を厳しく見張っていたといいます。

ナチスが消そうとした民の記録――ベルリン・マルツァーンのロマ(ジプシー)強制収容所

この収容所は1943年に閉鎖されるまで約7年間にわたり運営されました。そして生き残ったロマたちは、絶滅収容所として悪名高いビルケナウへ移送され、そこで命を奪われていったのです。マルツァーンの収容所は、ナチスによるロマ民族大量虐殺(ポライモス/ロマ・ホロコースト)へとつながる、最初期の悲劇のひとつでした。

アクセス方法

旧マルツァーン・ロマ収容所の跡地は、ベルリン東部に位置しています。アクセスするには、Sバーン(都市高速鉄道)S7線に乗り、ラウル・ヴァレンベルク通り(Raoul-Wallenberg-Str.)駅で下車してください。最適な乗り換えルートについては、リンク先の案内をご参照ください。

マルツァーンのロマ収容所を見学する

現在、マルツァーンのロマ強制収容所跡地では、この施設の歴史を伝える屋外展示が公開されています。当時の収容所の実態や、ここに囚われた人々の運命について、現地で詳しい情報を知ることができます。ホロコーストの歴史に関心のある方にとって、忘れてはならない記憶の場となっています。