ポーランド初の本格的遊園地、忘れられた輝き
長年にわたり、さまざまな企業がポーランド初の本格的なテーマパーク建設の構想を打ち出してきました。しかし、これまでのプロジェクトはすべて絵空事に終わり、ジェットコースターやウォータースライダーがないなら、ないままなのだと諦められてきました。けれども、ポーランドに遊園地が一度も存在しなかったわけではありません。なんと1929年、ポズナンにはアメリカの遊園地にも決して引けを取らない巨大な遊園地が誕生していたのです。
ポズナンの「遊園地」は、大ポーランド地方の首都ポズナンで開催された「全国汎博覧会」の付帯施設として建設されました。これはまさに国際的な一大イベントであり、その準備には惜しみない努力と予算が注がれました。博覧会自体は歴史に名を残しましたが、それに伴う遊園地は不当にも忘れ去られてしまいました。しかし当時の水準から見れば、そこはヨーロッパはもとより世界でも最も近代的な遊園地の一つだったのです。
今日、その痕跡は一切残っていません。ポズナンのレイモント通りでは、かつてのスリリングなアトラクションの代わりに、エネルゲティカ・スタジアムの遺構を目にするだけです。幸いにも、博覧会に合わせて発行された隔週誌「全国汎博覧会のこだま」が現存しており、そのうちの一号に「遊園地」に関する詳細な記述が残されています。
メリーゴーラウンドの一つに覆われたタトラ鉄道…
ディズニーランドより25年早かった「トヴァルドフスキランド」
ポズナン遊園地のシンボルは、月に腰掛ける伝説の人物トヴァルドフスキでした。つまりポーランド人はすでに1929年に、自分たちの「トヴァルドフスキランド」を手に入れていたのです。一方、アメリカで最初のディズニーランドが開園したのは、それから四半世紀も後のことでした。もちろん1929年当時も、アメリカには他の遊園地が存在していました。
戦間期の最初の10年間は、木製のジェットコースターを中心とした遊園地の黄金時代と呼ばれています。ポズナンでも事情は同じで、地元のコースターはアメリカ最大級のローラーコースターとも容易に渡り合えるものでした。
そのコースの全長は驚異の2キロメートル(今日でもこれほど長い行列はほとんどありません!)で、設置費用は当時の通貨で10万ズウォティ。現在の価値に換算すると、およそ100万ズウォティに相当します。「全国汎博覧会のこだま」の編集部はこの珍しい建造物を次のように賞賛しています。「ローラーコースター」の車両に乗れば、急カーブや坂道、アップダウンの激しいコースを駆け抜ける、めまぐるしいスリルを味わうことができます。言葉だけでは伝わりにくいかもしれませんが、写真を見れば、今なおその迫力に圧倒されることでしょう!
ジェットコースター(別名「タトラ列車」)は遊園地の目玉アトラクションでしたが、それだけがすべてではありません。遊園地全体の面積は3万平方メートルに及び、あらゆる種類と大きさの魅力的なオブジェ数十点を運び込むのに、100両以上の鉄道貨車が必要だったといいます。
…そしてその全貌!
現代にも通じる多彩なアトラクション
興味深いことに、アトラクションの大半は現代の遊園地でも見られるもので、まったく色褪せていません。目玉の二つ目は「ウォーターカスケード」でした。来場者は、高い丘の上からボートが一気に池の水面へと滑り落ちる光景に魅了されたのです。
巨大な滑り台から、そして…水しぶき!
さらに、自動車にまつわるアトラクションも数多く揃っていました。当時、自動車は贅沢品であり、ごく一部の富裕層だけが楽しめるものでした。「遊園地」のガイドにはこう書かれています。自動車コースでは、誰もが本物の二人乗りカーに乗ることができ、運転の知識がまったくなくても自らハンドルを操作できます。スリルを求める子どもたちへの配慮も忘れられていません。子ども向けには、電気バッテリーで走る小型カーにバンパーを備えた専用コースがあります。どこか聞き覚えがあると思いませんか?
もし自動車だけでは物足りなければ、下の写真のような飛行機型ライドに乗り換えることもできたのです。
飛行機のメリーゴーラウンド。当時のポーランドの庶民にとって、空を飛ぶ体験といえば、せいぜいこんなものだったのです。
近くの競技場から眺めた遊園地の全景。
楽しみはまだまだ続きます。博覧会の雑誌は、「笑いの観覧車」「フライングチェア」「そり滑り」、さらには「野生のろば」なども高く評価しています。前方にろばの頭を飾り付けたカート。6人乗りのこのカートは、予想外の姿勢へ次々と傾きながら、まるで元気なろばに乗っているような感覚を与えてくれます。競馬場で本物の馬に乗ることさえ可能で、疲れた人にはレストランやパイ屋、そして「ダンスホール」での休憩の場も用意されていました。全面ガラス張りのそのドームは、ヨーロッパのどこにも類を見ないものでした。
しかも入場料はわずか1ズウォティ。それが「遊園地」への入場チケットの値段だったのです。思わず涙が出そうになります。
出典:
- 活動・スポーツイベント部門、「全国汎博覧会のこだま」第3号(1929年3月)。