歴史物語

戦前ポーランドでは「昏睡強姦」は存在しなかった?――薬物を使った性犯罪と法の盲点 [18歳以上]

戦前のポーランドでは、眠っている、あるいは意識を失った女性を性的に襲うことは「あり得ない」と固く信じられていた。ところが同じ時代、ドイツの教授たちは学生に対し、「飲み物に何かを混入されていないか、常に確認せよ」と警告していたのである。

1932年に施行されたポーランド初の刑法典は、被害者が「行為の意味を完全に、あるいは部分的に認識できず、その進行を制御できない状態」にある場合に行われるあらゆる行為を、強姦に相当する犯罪として位置づけていた。当時広く読まれた注釈書の中で、ヴァツワフ・マコフスキ(Wacław Makowski)は次のように説明している。「心神の制限は恒久的なものであることもあれば、一時的なものであることもある。それは(...)意識の喪失、アルコールその他の酔いをもたらす物質による中毒などに起因しうる」。

それ以前の時代の規定もまた、加害者によって正気を失わされた、あるいは混乱させられた女性たちを保護していた。オーストリア刑法は「意識不明」に言及し、ドイツ語圏では「意志の剥奪」、ロシア語圏では「精神活動の障害」とそれぞれ表現されていた。

必要な調整?

性科学界の権威者たちは、こうした規定が絶対的に必要であると主張していた。あるドイツ人教授は、「男女の問題に関する講義」の中で一貫して次のように強調していたという。

(...)覚えておいてほしい。レストランで男性たちと同席するときは、一瞬たりとも席を立ってはならない。その間に、一人取り残された同伴者の飲み物に麻酔薬を入れられる危険があるからだ。

戦前ポーランドでは「昏睡強姦」は存在しなかった?――薬物を使った性犯罪と法の盲点 [18歳以上]

映画『ルチナは女の子か』より一場面。1934年。

たとえ「昏睡強姦用の薬」という言葉が戦前には存在しなかったとしても、女性を無力化するために実際に使われた薬物そのものは、ごくありふれたものだった。それらはドイツでもポーランドでも、薬局や闇商人から容易に入手できたのである。ところが、裁判官や検察官には、どういうわけか問題意識が見られなかった。

「ポーランドでは起こらない」

1920年代半ばの詳細な犯罪統計には、「意識を失った者、意志を奪われた者、精神疾患を抱える者に対する性行為」という項目が設けられていた。しかしこの犯罪は、ほとんど現象として扱われていなかった。1924年には全国で25人がこの罪で有罪判決を受けただけで、そのほとんどがワルシャワとリヴィウの司法管区での出来事だった。国の他の地域では、眠っている、あるいは意識を失った女性を襲うことなど「あり得ない」と頑なに信じ続けられていたのだ。

皮肉なことに、1932年以降、状況はむしろ悪化していった。無防備な被害者に対する性犯罪について、一見明確かつ断固とした新しい条文が採択されたにもかかわらずである。法医学の権威レオン・ヴァホルツ(Leon Wachholz)は、当該条項は単なる抜け殻にすぎないと確信していた。

法律の抜け穴のおかげで、加害者たちは「まったく処罰されない」ことを実感していた。影響力を持つこの専門家は、自身の実務経験からも、広範な文献からも、多くの証拠を握っていた。それでも、条文の穴を塞ごうと急ぐ者は誰一人いなかった。

「陰湿な酩酊」――存在しないとされた犯罪の実例

おそらく大人の女性を強姦すること自体が可能なのかどうかという議論と同じように、ここでも決定的な一票を投じたのはヴィクトル・グジヴァ=ドンブロフスキ(Wiktor Grzywa-Dąbrowski)だった。ポーランドで最も名高い法医病理学者である彼は、「陰湿な酩酊」や、薬物で意識を失った女性への性的暴行というテーマについて、涼しい顔で傍観者的な態度を崩さなかった。

彼はいかなる「昏睡強姦薬」も信じなかった。強姦そのものを、彼は長年信じてこなかったのと同じように。「我々が検討したすべての事例を注意深く吟味した結果、通常は、家族や周囲の目を気にして自己弁護するために、司法当局を故意に、あるいは無意識に誤導しているケースだということが分かった」と、彼は1936年に述べている。

戦前ポーランドでは「昏睡強姦」は存在しなかった?――薬物を使った性犯罪と法の盲点 [18歳以上]

戦前ワルシャワでの路面電車の線路敷き替え工事。背景には酒場「ポド・ジュブレム(Pod Żubrem)」が見える。当時の専門家たち――少なくともポーランド国外の専門家たち――によれば、まさにこうした酒場こそが、女性にとって特に危険な場所になりえたという。

それから十数年前の1923年、ウッチの市民ミハウ・アンジェイェフスキ(Michał Andrzejewski)は、「何らかの酔いをもたらす液体」で眠らせた自分の14歳の娘を強姦した。

1934年には、ホジューフで女中のヤドヴィガ・ヨンデルカ(Jadwiga Jonderka)が地下室で「覆面の男」に襲われた。男は彼女の首を絞め始め、さらに「何らかの酸に浸した」手ぬぐいで口を塞いだという。意識を失った彼女が発見されたのは数時間後で、昏睡状態から目覚めさせるのに非常に苦労した。

大衆紙「セデム・グロシ(七グロシュ)」はこの事件を報じながら、末尾で被害者の主張は「かなりありそうもないように思える」と付け加えた。そしておそらく、ヴィクトル・グジヴァ=ドンブロフスキもまったく同じようにコメントしたことだろう。「酩酊? おそらく『司法当局を誤導する試み』だろう!」