歴史物語

ビートルズがギリシャの島を買おうとしたとき——“ギターの形をした島”は今?

1967年7月、世界を席巻していたビートルズがひそかにギリシャを訪れていた。目的は、島を丸ごと購入し、そこに自分たちだけの「サイケデリック」なリゾートを作ること。ポール・マッカートニーは自伝の中で、「あそこでは誰も、俺たちが何を吸っちゃいけないかなんて口出しできないさ」とまで書き残している。

エーゲ海クルーズで見つけた“ギターの形”をした島

同年、バンドはデルフィやアラホヴァを訪れてギリシャの伝統音楽に触れたほか、キュクラデス諸島やスポラデス諸島も巡った。そんな折、後に「マジック・アレックス」の名で知られる発明家アレクシス・マルダスから、「聖トリニティ(Holy Trinity)」ことアギア・トリアダ島を購入できるとの情報が入る。島の形がまるでギターのように見えることも相まって、メンバーの心はすっかりつかまれたのだ。

ジョージ・ハリソンは回顧録の中で、自家用ヨット「MVアルヴィ号」でのクルージングについて次のように綴っている。
「僕たちはアテネの沖を航行しながら島々を眺めていた。ジョンが『島にお金を投資しよう』と言い出したんだ。最高の旅だったよ。ジョンと僕は終始酔っ払ったままで、船の舳先(へさき)に座ってウクレレを弾いていた。右手には大きな島が見え、燦々と降り注ぐ太陽の下、僕たちは何時間もハレ・クリシュナを唱え続けた。最後に小さな浜辺に接岸して上陸すると、雨が降り出した。小さな建物があったので、みんなでその中に身を寄せた。アレックスは『軍隊を呼んで、島の岩をどけてやる』なんて言う始末。結局、僕たちはそのまま航海を続け、二度とあの島には戻らなかった」

アテネの目と鼻の先にある“静寂の楽園”

この小島は、アテネ近郊、南エヴィア(エウボイア島)の海域に浮かぶ、まさに安らぎの楽園だ。現在のアギア・トリアダは、面積約13エーカー(約5万3000平方メートル)。2つのビーチを擁し、教会、オリーブの木々、果樹、17世紀に建てられた見張り塔、さらには付帯棟付きの4部屋の邸宅まで備えている。ドローンによる空撮映像が捉えるのは、エメラルドグリーンの海と白い砂浜が織りなす息をのむような絶景である。

それでも実現しなかった“ビートルズの島”

ところが、島がついに「スカサリア(Σκαθάρια=ギリシャ語でビートルズの愛称)」のものになることはなかった。当時の所有者が売却を思い直し、手放そうとしなかったのだ。バンドはスキアトス島の対岸に位置するツグリア島の購入にも関心を示していたが、こちらも軍事政権(ジャンタ)体制下ならではの官僚主義が壁となり、立ち消えになってしまった。

現在のアギア・トリアダ――サザビーズが750万ユーロで出品

私有島となったアギア・トリアダが初めて売却されたのは1958年のことで、買い手はパパニコラオ家だった。同島は近年、沖合で発生した政治家シフィス・ヴァリラキス氏の悲劇的な事故を機に、再びメディアの話題となった。

島は現在もサザビーズ(Sotheby's)に「エセリアル(Ethereal)」の名で出品されており、当初価格は750万ユーロ。販売資料によると、アギア・トリアダには本邸とすべてのビーチを結ぶ道路が敷かれ、庭木はソフォクレス・パパニコラオ氏によって手入れされ、係留用のプライベートマリーナも完備している。また、1960年代にはギリシャ王室のフレデリカ妃、ウィンストン・チャーチル元英首相、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世をはじめ、芸術家や実業家など錚々たる顔ぶれがこの島を訪れたと伝えられている。

ビートルズの夢は結局叶わなかったものの、“ギターの形”をしたこの島は半世紀以上の時を経て、今もなお世界中の富裕層の関心を集め続けている。