
皇帝でありながら、服飾へのこだわりは控えめ
西ヨーロッパの大部分を統一し、「ヨーロッパの父」とも称されるフランク王国の王シャルルマーニュ(カール大帝)。そんな絶対的な権力者でありながら、彼は衣服においてもきわめて質素な趣味の持ち主だったことで知られています。
この事実を詳しく伝えているのが、皇帝の秘書官を務めたエインハルトです。彼は著書『カール大帝伝』の中で、主君の日常的な服装について次のように記しています。
エインハルトが記録した「普段の姿」
「彼はフランク人の国民的服装を身につけていた。肌には亜麻(リネン)のシャツと下着をつけ、その上に絹で縁取られたチュニックとズボンを着た。脚には布帯を巻き、足には靴を履いた。さらに、肩と胸を保護するためカワウソかネズミの毛皮で仕立てた上着を重ね、青い外套を羽織った。そして常に、柄と背負い紐が金銀で飾られた短剣を腰に帯びていた。」
「宝石をちりばめた剣を用いることもあったが、それは重大な祝祭や外国使節との謁見といった特別な場面だけだった。」
つまり普段の彼は、実用性を重視したフランク人らしい装いをしており、華美な装飾品はほとんど身につけていなかったことになります。
祭日に限って輝く「正装」
「祭りの日には、金糸で刺繍されたローブをまとい、宝石をあしらったサンダルを履いた。外套は金の留め具で留め、金の頭冠と宝石で身を飾った。しかし、それ以外の日には、彼の服装は庶民のそれとほとんど変わらなかった。」
贅沢は「儀式の場」のためだけに
こうして見ると、豪華な服装は国家の祝祭・公式式典・外交の場に限られ、日常はあくまで簡素だったことが分かります。これは単なる倹約趣味ではなく、実務を重んじるシャルルマーニュ自身の性格を映すと同時に、臣民に向けて統治者の姿勢を示す政治的なメッセージでもあったと考えられています。権威を誇示すべき儀礼の場では全力で装い、普段は民と変わらぬ姿であった――それこそが、後世の人々の心を掴んでやまない「大帝」の人物像の一端なのでしょう。