
当時の男性ファッションに倣ったことにより、デンマーク王スヴェン1世は歴史に「髭叉(ひざさ)」という名で刻まれることになりました。
デンマーク王スヴェン1世とは
スヴェン1世(968年頃~1014年)は、バイキングの指導者にして、ハラルド青歯王ことハーラル1世の息子であり、後にイングランドを征服するカヌート大王の父でもあります。彼はデンマーク、イングランド、そしてノルウェーの一部を支配した王として知られています。
そんな彼が、歴史上「髭叉(フォークビアード)」と呼ばれるようになった理由をご存じでしょうか?
由来は中世の男性ファッション
その答えは、当時の世界のこの地域で流行していた男性ファッションにあります。この君主は、その流行に大変な熱意を持って忠実に従っていたのだとか。
史料が乏しいスヴェン1世の生涯
実のところ、スヴェン1世の生涯について残されている記録はきわめて乏しく、しかも内容には多くの矛盾が含まれています。
多数の歴史家は、現存する史料の多くが、おそらく政治的な都合によるものとして、完全に架空の記述であるとさえ見ています。
イングランドへの襲撃とその動機
1000年以降、スヴェンはイングランド領内での数々の襲撃を主導しました。公式には、妹のグンヒルドも犠牲となった、デンマーク系住民の殺害――一種の民族浄化――に対する復讐とされていました。
しかし一部の見方によれば、この重大な事件は単なる口実に過ぎなかったといいます。
スヴェンには資金が必要だったのです。そこで彼は、さらなる略奪を避けたい各地の住民が支払う身代金(デーンゲルド)を集めることで、財源を確保していたと考えられています。
「髭叉」の異名の誕生
ひげの中央に線を入れ、ちょうど二つに分けるというファッション。王はおそらくイングランドでそれを見かけ、自らも真似たのでしょう。
こうして彼は「バルバフォルクータ(二股のひげ)」すなわち「髭叉」の epithet を得ることになったのです。(写真出典:wikipedia.org)