ジョン・カボットとはどんな人物か
ジョヴァンニ・カボート(Giovanni Caboto)は、英語ではジョン・カボット(John Cabot)、イタリア語の別表記ではズアン・シャボット(Zuan Chabotto)とも呼ばれる、イタリア出身の航海士・探検家です。彼はイングランド王ヘンリー7世の後援を受けて北アメリカへの海上探検を行い、イングランドによる北米北東部領有権主張の第一歩を築いた人物として知られています。この業績は、後にイングランドがアメリカ大陸に植民地や領土を築いていく基盤となりました。
ここでは、ジョン・カボットが名声を得ることになった主要な出来事と功績を紹介します。
北アメリカへの探検
1497年5月、カボットは18人の乗組員を率い、船「マシュー(Matthew)号」でイングランドのブリストル港から出航しました。
そして1497年6月24日、カボットは北アメリカ北東部に上陸します。上陸地点は現在のニューファンドランド島あるいはノバスコシア州付近だったと考えられています。当時のカボットは自分がアジアに到達したと確信し、その土地を「プリマ・ビスタ(Prima Vista=最初に見た地)」と名付け、イングランド国王の名において領有を宣言しました。
カボット自身はアジアに到達したと思い込んでいましたが、実際には、10世紀のノース人(ヴァイキング)の遠征以来、ヨーロッパ人として初めて北アメリカ大陸を確認した出来事となりました。この点が、彼の探検の歴史的価値を高めています。
その後の航海とイングランドの領有権主張
1497年8月、カボットは発見の報せを持ってイングランドへ帰還しました。ヘンリー7世はこの成果に感銘を受け、今後の探検のための特許状(探索許可証)をカボットに与えました。
1498年、カボットは5隻の船団を率いて二度目の航海に出ますが、この遠征の途中で消息を絶ち、ヨーロッパに戻ることはありませんでした。
しかし、カボットの失踪にもかかわらず、彼の発見によってイングランドは北米北東部に対する第一次的な領有権主張を獲得しました。これがきっかけとなり、その後のイングランドによる新世界への遠征や入植が展開されていくことになります。
評価と遺産
カボットの探検は、イングランドにとって国家が公式に支援した初めての北米到達航海であり、画期的な意義を持つものでした。
- 北アメリカにおける最初期の主要なヨーロッパ人探検家の一人とされ、イングランドが後に植民地大国へと台頭するうえで重要な役割を果たしたと評価されています。
- 北アメリカには彼の名を冠した地名やランドマークが数多く残されています。例えば、カナダのニューファンドランド・ラブラドール州や、ノバスコシア州とニューファンドランド島の間を隔てるカボット海峡などが挙げられます。
ジョン・カボットの航海は、ヨーロッパ人の世界認識を広げるとともに、イングランドによる将来の北米探検と入植の礎を築き、アメリカ大陸におけるヨーロッパの海洋探検全体にも大きく貢献しました。アジアを目指して出航しながら結果的に新大陸への道を開いた彼の人生は、大航海時代のロマンと不思議を今に伝える物語といえるでしょう。