トトメス3世とは
トトメス3世は、古代エジプト第18王朝の第6代ファラオです。紀元前1479年頃から紀元前1425年頃まで、約30年にわたってエジプトを統治しました。エジプト史上最も偉大で成功したファラオの一人と広く評価されており、エジプト軍を率いて数多くの軍事的勝利を収め、帝国の版図を大きく広げたほか、文化と芸術の空前の繁栄期を実現させました。
ハトシェプスト女王への思い
トトメス3世は、先代にあたり共同統治者でもあったハトシェプスト(エジプト史上2人目の女性ファラオ)と、複雑かつ対立的な関係を抱えていました。
初期の協力関係
当初、トトメス3世とハトシェプストは共同摂政として国を治めていました。ハトシェプストが政治や宗教の実務に積極的に関わり、トトメス3世は軍事遠征に専念するという役割分担でした。この時期、両者の関係は概ね円満で協力的だったと考えられています。
高まる緊張
しかし時が経つにつれ、両者の間の緊張は次第に高まっていきました。ハトシェプストが統治における主導権を強め、トトメス3世の存在感を覆い隠すようになったのです。彼は自らの立場に制約を感じ、不満を募らせていきました。一部の歴史学者は、トトメス3世がハトシェプストの権力と影響力に対して嫉妬心を抱くようになったと指摘しています。
死後の対立と記録の抹消
ハトシェプストの死後、トトメス3世は彼女に対して強い否定的な姿勢を示しました。エジプトの歴史からハトシェプストの功績を消し去る取り組みを本格化させ、彼女の像、碑文、記念碑の撤去を命じたのです。歴史学者たちは、この行動の背景には個人的な憎悪、政治的権力の確立、そして伝統的な男系王位継承の回復への意志など、複数の動機が絡み合っていたと考えています。
まとめ
トトメス3世のハトシェプストに対する評価は、複雑で矛盾をはらんだものでした。当初は協力関係にありながらも、ハトシェプストの権力拡大に伴って緊張が生まれ、死後にはその功績を歴史から抹消しようとまでしたのです。これは、彼女の統治そのものに対する強い否認の表れだといえるでしょう。