リーマン・ブラザーズの破産申請日は2008年9月15日
当時アメリカ第4位の規模を誇った投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)は、2008年9月15日、連邦倒産法第11章(チャプター11)に基づく破産保護を申請しました。負債総額は約6,130億ドルに達し、この時点で米国史上最大となる破産申請でした。
破綻に至った背景
リーマン・ブラザーズは1850年創業、150年以上の歴史を持つ名門投資銀行でした。しかし、2000年代後半の米国住宅バブル崩壊に伴うサブプライムローン危機により、不動産関連の証券化商品に多大なエクスポージャーを抱えていた同社は巨額の損失を計上。資金調達も困難になり、政府主導の救済合意もまとまらないまま、破綻へと追い込まれました。
なぜ救済されなかったのか
同年3月のベアー・スターンズのように公的資金による救済が実現しなかった背景には、市場や税負担者への影響への配慮、他行による買収交渉の決裂などがあったとされています。この「見捨てられた破綻」は、金融機関の規模の大きさゆえに倒産させられないという「あまりにも大きすぎて潰せない(too big to fail)」問題をめぐる議論を一変させる出来事となりました。
世界経済への影響――いわゆる「リーマン・ショック」
リーマン・ブラザーズの破綻は、単なる一企業の倒産にとどまらず、グローバル金融危機の決定的な引き金となりました。破綻当日のニューヨーク株式市場は急落し、信用収縮が世界中に波及。日本では「リーマン・ショック」と呼ばれ、株価暴落、円高、輸出産業の急減速など、実体経済全体に深刻な打撃を与えました。
破綻後の行方
破産手続きの後、北米の中核事業はバークレイズが、アジア太平洋および欧州部門は野村證券(現・野村ホールディングス)が買収するなど、事業は各社に分割されました。この破綻を教訓に、米国では2010年に金融規制改革法(ドッド・フランク法)が成立し、システムically重要な金融機関への監督強化が図られることになりました。