ジャハーンギール(在位1605年〜1627年)の治世下では、祖父アクバルのような大規模な建設活動は見られませんでした。ジャハーンギール自身は建築よりも絵画(ミニアチュール画)に強い関心を寄せており、建築面での画期的な発展は限定的でした。しかし、庭園造園においては新たな様式が確立され、カシミール地方に建設されたシャリマール・バーグ(ジャハーンギール造営)とニシャート・バーグ(義兄アーサフ・ハーン造営)は、現在もムガル庭園の傑作として残されています。
アグラ周辺の主要建築
アクバル廟(シカンドラ)
アグラ郊外シカンドラにあるアクバル廟は、アクバル自身が生前に計画し、おそらく着工もされていましたが、完成はジャハーンギールの治世下でなされました。この廟は従来のイスラム建築の霊廟様式とは一線を画す独創的な構造を持ちます。
- ドームなしの五層構造:イスラム霊廟に伝統的なドームがなく、仏教僧院(ヴィハーラ)を思わせるピラミッド形状をしています。各層は上に行くほど小さくなる段積み形式です。
- 白亜のミナレットを持つ正門:周囲の庭園には複数の門がありますが、メインの正門は大理石のインレイ細工(ピエトラ・デュラ)と四隅の高い大理石ミナレットで飾られ、極めて装飾的です。パーシー・ブラウンは「これまでインド建築において、このタイプの塔は一つとして見られない」と評しています。
- ペルシア語碑文と宗教的寛容の象徴:各入口にはアクバルの生涯を記すペルシア語の詩句が彫られています。実在の墓(地下室)と偽墓(1階)の両方が大理石製で、墓石には「アッラー・アクバル」「ジャッラ・ジャッラーフ」の銘文、アッラーの99の美名に加え、ヒンドゥー教のスワスティカ(卍)とキリスト教の十字架が共存しており、アクバルの「スルフ・イ・クル(普遍的平和)」思想を象徴しています。
イティマード・ウッダウラ廟(ベイビー・タージ)
1625年、ジャハーンギールの寵妃ヌール・ジャハーンが父ギヤースッディーン・ベーグ(イティマード・ウッダウラ)のためにアグラのヤムナ川畔に建立。赤砂岩と白大理石を用いた比較的小規模な霊廟で、「シュリンガールダン(化粧箱)」の異名を持ちます。
- タージ・マハルの原型:全体が白大理石で造られたインド初の霊廟であり、中央にアジア様式のドームを配し、ピエトラ・デュラ装飾が施される点で、後のタージ・マハルを強く予感させます。そのため「ベイビー・タージ」と呼ばれます。
- 装飾の優美さ:壁面には樹木、動物、鳥、人物像まで彫刻されており、イスラム教の偶像崇拝禁止の原則が緩やかに適用された珍しい例です。バテシュワル出土の銘文によれば、元はカッチワーハー朝パルマールディデーヴ王の宮殿跡地とされています。
アングーリー・バーグ(1637年)
シャー・ジャハーン治世初期の造営ですが、ジャハーンギール期の庭園様式を継承しています。チャールバーグ(四分庭園)形式で、大理石のバラダリ(開放型パビリオン)、水槽、噴水、回廊を備え、北東隅にはフレスコ画で飾られた王立ハマム(浴場)があります。アグラ城のハス・マハル(特別庭園)の一部として、後宮の女性たちが使用しました。良質なブドウが栽培されていた記録も残っています。
地方都市に残るジャハーンギール期の建築
クシュロ・バーグ(プラヤーグラージ)
ジャハーンギールが造営した庭園内に、カッチワーハー妃マンバーイー、皇子クシュロ・ミールザー、王女スルターナ・ニサール・ベーグムの3基の廟が並びます。皇族の廟としては質素で小規模ですが、初期ムガル様式の端正な比例美を示しています。
シュリーナガル・シャリマール・バーグ
ダル湖畔に、寵妃メフルンニサー(後のヌール・ジャハーン)のために造営された四段構成の段々庭園。水路が各段を流れ、隣のハリワン・バーグから水を引いています。カシミールのムガル庭園群の中核をなします。
ヌールマハル・サライ(ジャランドハル郊外40km)
ヌール・ジャハーンが建てた八角形の二階建てキャラバンサライ(商隊宿)。赤砂岩造りで、西門は「ラホール門」と呼ばれます。外壁パネルには動物・鳥類の彫刻、象の闘争図、チョーガーン(ポロの原型)を楽しむ騎手像など、宮廷生活を描いたレリーフが施されています。
ヒラーン・ミナール(シェイクープーラ、現パキスタン・パンジャーブ州)
1607年、ジャハーンギールがラホール北西38kmに建設した新都市シェイクープーラの古城跡で、愛鹿「マンシラージ」を弔うために建てられた記念塔です。「動物のために建てられたムガル朝唯一の記念碑」として知られます。ファテープル・シークリーにも同名の塔がありますが、あちらは狩猟用の目印であり、性質が異なります。アクバルは狩猟した鹿の角をコース・ミナール(道標塔)に飾っていました。
ダウラット・バーグと周辺施設(アージメール、アナーサガル湖畔)
湖畔に大理石のバラダリとアーチ型門を配した庭園宮殿。ダウラット・バーグからカイサル・バーグへの道筋には複数の離宮が建てられ、遺構が残っています。湖畔の高台に設けられた美しい大理石製アーチ門群と、湖側の装飾手すりもジャハーンギールの造営と推定されています。
タラガル峡谷の宮殿と狩猟場(1615年完成)
タラガル要塞西谷に壮大な宮殿と狩猟場を建設。ジャハーンギールはアージメールを行在所として頻繁に滞在し、この地を特に好みました。
ラホールおよび周辺都市の建築群
ジャハーンギールとその貴族・后妃たちによって多くの建築が残されています。代表的なものに以下があります。
- アナールカリー廟(伝説の舞姫の墓とされる八角形霊廟)
- マカティーブ・ハーナ(書記局舎)
- ベーグム・シャーヒー・モスク(マリヤム・ウッザマーニー・モスク、ジャハーンギール母后建立)
- ワズィール・ハーン・モスク(タイル装飾の傑作、シャー・ジャハーン期着工だがジャハーンギール期のワズィール・ハーンによる計画)
- ジャハーンギール廟(シャー・ダーラー、ラホール郊外。ヌール・ジャハーン建立、ピエトラ・デュラとフレスコ画の最高峰)
総評
ジャハーンギール期の建築は、アクバル期の壮大さやシャー・ジャハーン期の洗練された白大理石様式の中間に位置し、「庭園と水の演出」「ピエトラ・デュラの本格導入」「人物彫刻の解禁的試み」「動物への個人的感情を形にしたヒラーン・ミナール」など、独自の感性と実験的試みが光る時期でした。特にヌール・ジャハーンの建築パトロンとしての役割は絶大で、イティマード・ウッダウラ廟とジャハーンギール廟は、ムガル建築史上「女性が主導した最高傑作」として特筆されます。