ジョン・カボット(本名:ジョヴァンニ・カボート)は、15世紀後半に活躍したイタリア出身の探検家です。彼はイングランド王ヘンリー7世から発行された勅許状(パテント)を得て航海を行い、その最大の目的は極東への西回り航路の開拓でした。
カボットが目指した「極東」とは
当時のヨーロッパにとって、アジアは夢と富に満ちた土地でした。カボットが到達を目指したのは、以下のような地域や産物です。
- 中国:絹や磁器など、希少で高価な商品の産地
- インド:香辛料貿易の重要な拠点
- 香料諸島(モルッカ諸島):胡椒やクローブなど、ヨーロッパで絶大な需要を誇った香辛料の原産地
これらの商品は陸路や中東の仲介商人を経由して運ばれるため、価格が著しく高騰していました。そこで、海を直接渡ってアジアへたどり着くことができれば、莫大な利益を得られると考えられていたのです。
なぜ「西回り」の航路だったのか
1492年にコロンブスが大西洋横断航海に成功したことは、ヨーロッパ各国に大きな衝撃を与えました。コロンブスは到達した新大陸をアジアの一部だと考えていましたが、この成功に触発され、他国の君主たちも西方航路の開拓に熱い視線を向けるようになりました。
イタリアでは十分な支援が得られなかったカボットは、新興の海洋国家として台頭しつつあったイングランドに活路を見出します。ヘンリー7世もまた、スペインやポルトガルに対抗するため、新しい交易ルートの確保を強く望んでいました。
1497年の航海とその意義
1497年、カボットは小型船マシュー号でブリストル港を出港し、北大西洋を横断。同年6月に北米大陸——現在のカナダ東部、おそらくニューファンドランド島付近に到達しました。これは、北米大陸へのヨーロッパ人による最初の確認された上陸の一つとされています。
カボット自身は、この地をアジアの一部、あるいは中国の大汗の領土に近い土地だと信じていたと言われています。彼が真に探し続けたのは、アジアの富へと通じる海の道だったのです。
まとめ
ジョン・カボットの航海の目的は、中国・インド・香料諸島といった極東の豊かな市場へ、大西洋を直接渡って結ぶ西方航路を見つけることにありました。彼の探検は当初の目的を達成こそしなかったものの、のちの北米におけるイギリス勢力拡大の出発点となり、大航海時代の歴史に重要な一頁を刻んでいます。