1605年の火薬陰謀事件(Gunpowder Plot)で逮捕されたガイ・フォークスは、英語で hanged, drawn, and quartered(吊るし、引き回し、四つ裂きの刑)を宣告されました。なお、英語では「hung」ではなく「hanged」と表現されるのが正しい用法です。
この刑罰は、中世から近代にかけてのイングランドにおいて、大逆罪(国王への反逆罪)を犯した者だけに科された、最も残酷な処刑法の一つでした。19世紀まで実施されていたとされています。
刑罰の3つの段階
1. 吊るし(Hanged)
ロープで首を吊り、死に至らしめることです。ただし、完全に絶命する前に次の段階へ移されることも多く、本人にとって最大の恐怖となりました。
2. 引き回し(Drawn)
「ハードル」と呼ばれるそり状の台に縛られ、馬に引かれて処刑場まで街中を引き回されることです。群衆の前での屈辱的な行列であり、見せしめとしての意味合いが非常に強いものでした。
3. 四つ裂き(Quartered)
生きたまま四肢を切断され、体を4つに切り分けられることです。内臓を取り出して焼却される場合もありました。切り分けられた遺体は、反逆者への警告として各地に晒されました。
なぜここまで残酷な刑だったのか
この刑罰は、当時最も重い罪とされた「王への反逆」に対する究極の見せしめとして設けられました。公開処刑とすることで、民衆に王権の威厳を示すとともに、他の反逆者への強力な抑止効果を狙ったものです。
ガイ・フォークスの実際の最期
興味深いことに、ガイ・フォークス自身はこの刑の全過程を経験していません。1606年1月31日の処刑当日、彼は絞首台から飛び降りて首の骨を折り、即死したと伝えられています。これにより、以降の凄惨な苦痛から逃れることができたのです。とはいえ、遺体は慣例に従って四つ裂きにされました。