歴史物語

第二次世界大戦中、田舎へ疎開した子どもたちは里親をどう見ていたのか

第二次世界大戦中、空襲の危険から逃れるために都市から農村部へと疎開した子どもたちは、受け入れ先の里親たちとの間で、実にさまざまな経験をしました。その体験は、温かいものから辛いものまで、大きく分かれていたのです。

良い経験をした子どもたち

なかには、里親の家族に支えられ、大切に育てられた子どももいました。こうした子どもたちは、里親やその家族のきょうだいと深い絆を築き、自分が愛情あふれる家族の一員であると感じられるようになりました。

また、都会では味わえない田舎ならではの生活様式を体験できたことや、里親から新しい知識や技能を学べたことを、貴重な機会として前向きに捉えた子どもも多くいました。

つらい経験をした子どもたち

一方で、里親との生活が決して幸せではなかった子どもたちも存在します。中には、冷たく扱われたり、虐待や搾取を受けたりしたケースもありました。肉体的・精神的な虐待を受けたり、十分な報酬もないまま長時間労働を強いられた子どももいたのです。

そうした子どもたちは、家族の一員としてではなく、よそ者や使用人のように扱われていると感じていました。

経験が分かれた背景にあるもの

第二次世界大戦中に疎開した子どもたちの経験は実に多岐にわたり、その気持ちを一括りにすることは困難です。里親と子どもの関係が良好になるかどうかは、以下のようなさまざまな要因によって左右されたと考えられます。

  • 関わった人々それぞれの性格や相性
  • 政府や地方自治体・団体からの支援の充実度
  • 戦争という極限状況そのもの

疎開児童の歴史は、同じ出来事でも受け止め方が人によって大きく異なることを教えてくれる、戦時下の貴重な記録といえるでしょう。