1986年に公開された映画『ミッション』(原題:The Mission)は、18世紀の南米で実際に起きた歴史的な出来事や人物を題材にした作品です。完全な実話ではありませんが、イエズス会宣教師たちと先住民との関わりを描いた本作には、数多くの史実が反映されています。ここでは、映画の基となった主要な歴史的要素を詳しく解説します。
1. 南米におけるイエズス会の伝道活動
映画の舞台となるのは、17世紀から18世紀にかけてイエズス会(イエズス会士)が南米に築いた伝道拠点です。彼らは先住民へのキリスト教布教を目指すと同時に、社会正義と平等を掲げた理想的な共同体の建設を試みました。こうした共同体は「レドゥクシオン(集落)」と呼ばれ、映画の中核となる舞台となっています。
2. ガブリエル神父のモデルとなった実在の人物
ジェレミー・アイアンズ演じるガブリエル神父のキャラクターは、実在のイエズス会宣教師アントニオ・ゼップを参考にしています。ゼップはチロル出身の司祭で、現在のパラグアイやアルゼンチンにあたる地域で、グアラニー族の人々とともにレドゥクシオン共同体での伝道活動に従事しました。
3. 先住民グアラニー族との関わり
映画に登場するのは、パラグアイ周辺に暮らす先住民グアラニー族です。彼らはイエズス会宣教師と密接な関係を築き、レドゥクシオンの人口の大半を占めていました。映画は、彼らの文化と信仰、そして外来勢力による脅威に直面する姿を描いています。
4. 搾取的な「エンコミエンダ制」
本作が批判的に描くのが、植民地時代に広まっていたエンコミエンダ制です。この制度のもと、スペイン人の大地主(エンコミエンデロ)は先住民コミュニティの支配権を与えられ、強制的な労働や虐待、抑圧が横行していました。イエズス会の共同体が先住民を守ろうとしたことに対し、植民者側が反発を抱く構図は、史実に基づいた重要なテーマです。
5. マドリード条約(1750年)
物語の転換点となるのが、1750年にスペインとポルトガルの間で締結されたマドリード条約です。この条約により両国の植民地の国境が再画定され、領土をめぐる争いが勃発しました。その結果、国境地帯に位置していたイエズス会の伝道拠点は大きな影響を受けることになります。映画でも、この条約をめぐる対立がクライマックスへとつながっていきます。
6. イエズス会追放令(1767年)
1767年、スペイン王室は政治的・経済的・思想的な理由から、自国領土および南米の伝道拠点からイエズス会士を追放しました。この追放令により多くの伝道拠点が破壊され、先住民コミュニティは深刻な混乱に陥りました。映画の悲劇的な結末は、この歴史的な出来事を下敷きにしています。
まとめ:史実と創作のバランス
『ミッション』は映画的な演出や脚色を加えているものの、植民地主義、宗教的熱意、文化の衝突、そして先住民の権利と自治をめぐる闘いといったテーマを、実際の歴史記録に基づいて描き出しています。単なる娯楽作品にとどまらず、歴史の教訓を問いかける力作として、今なお高い評価を受け続けているのです。