カンザス州境戦争とは
1850年代半ば、カンザス準州およびミズーリ州西部を舞台に、奴隷制賛成派と反対派の間で激しい暴力衝突が繰り広げられました。この一連の紛争が「カンザス州境戦争」です。主にカンザスと結びつけて語られることが多いものの、その影響はカンザスと州境を接するミズーリ州西部の諸郡にも確実に及んでいました。
「流血のカンザス」という呼称の由来
この時期の暴力と流血については、「流血のカンザス(Bleeding Kansas)」という言葉が広く使われました。これは、奴隷制をめぐる両陣営の間で繰り返された血なまぐさい衝突や社会的混乱を表現するもので、当時の地域の緊張状態を象徴する呼称となっています。
ミズーリ側ではどう呼ばれたのか
ただし注意が必要なのは、「流血のカンザス」という用語は本来、カンザス準州内で起きた出来事を指すことが多いという点です。紛争がミズーリ州へ波及した部分については、「流血のミズーリ(Bleeding Missouri)」や「ミズーリ・カンザス州境戦争」といった別の呼び方が使われることもありました。
それでもなお、より知名度の高い「流血のカンザス」という名称が、州境の両側に影響を与えた紛争全体を包括的に表す言葉として、今日でも広く用いられています。