歴史物語

外国人・扇動法のもとで実際に起きたこととは?新聞弾圧の具体例を解説

1798年に成立した「外国人・扇動法」(Alien and Sedition Acts、エイリアン・セディション法)の下では、ジョン・アダムズ大統領の政権を批判した複数の新聞社が廃刊に追い込まれ、編集者たちは投獄されるという事態が実際に発生しました。

「扇動的誹謗」とは何か

これらの新聞が処罰された理由は、その記事が「扇動的誹謗(seditious libel)」に該当すると認定されたためです。扇動的誹謗とは、政府の権威を貶めたり失墜させたりする傾向のある、あるいは抵抗や反乱を助長しかねない内容の文章や印刷物を指す概念です。

言論の自由との緊張関係

この法律は、連邦党(Federalist)主導の政権が、フランスとの外交危機を背景に政権批判を封じ込めるために制定したものとされています。結果として、報道機関による政府への批判という、民主主義社会における基本的な言論の自由が大きく制約されることになりました。

この一連の弾圧は、後にトーマス・ジェファーソンら反連邦派による強い反発を招き、憲法修正第1条(言論・出版の自由)の重要性を再認識させる契機となった歴史的な出来事として知られています。