歴史物語

1929年〜1968年:大恐慌から公民権運動まで、アメリカを変えた40年間の歴史的出来事

1929年から1968年までの約40年間は、アメリカ史上最も激動の時代の一つでした。世界大恐慌、第二次世界大戦、冷戦の始まり、そして公民権運動など、国のあり方を根本的に変える出来事が次々と起こりました。ここでは、年代順に主要な出来事をわかりやすく整理して紹介します。

1929年〜1930年代:大恐慌とニューディール

1929年

10月29日:ニューヨーク株式市場が暴落し、世界大恐慌の幕開けとなりました。

12月:フーヴァー政権は雇用創出と景気刺激を目的に、コロラド川のダム建設計画(後のフーヴァーダム)を推進しました。

1930年

議会がスムート・ホーリー関税法を可決し、輸入品への関税が引き上げられました。しかし結果として国際貿易が縮小し、不況はさらに深刻化しました。

フーヴァー大統領が農業販売法に署名し、低価格に苦しむ農家を支援するため連邦農業委員会(Federal Farm Board)が設立されました。

1932年〜1933年

1932年11月:フランクリン・D・ルーズヴェルトがフーヴァーを圧倒的な大差で破り、大統領に当選しました。

1933年3月:ルーズヴェルト大統領が就任し、「ニューディール」と呼ばれる一連の政策を開始。銀行休業日の宣言や金融制度改革など、大恐慌への対応に乗り出しました。

1934年〜1935年

1934年:証券取引所法が成立し、証券市場の規制と不正防止の仕組みが整えられました。

1935年:社会保障法が成立し、高齢者・失業者・障害者を支える社会的セーフティネットが築かれました。また、全国労働関係法(ワグナー法)によって労働者の団結権と団体交渉権が保障され、公共事業振興局(WPA)の設立により失業者向けの大量雇用が創出されました。

1936年〜1938年

1936年:ルーズヴェルト大統領が共和党のアルフ・ランドンを圧倒して再選を果たし、景気も回復基調を続けました。

1937年:経済は一時的に再び後退しましたが、ルーズヴェルト大統領はさらなる景気刺激策として「第二のニューディール」を提唱しました。

1938年:公正労働基準法が成立し、最低賃金と週40時間の労働時間上限が定められました。また民間航空法により、航空産業を規制する民間航空委員会(CAB)が設立されました。

1939年〜1945年:第二次世界大戦

1939年〜1940年

1939年9月:ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発。アメリカは中立を維持しながらも、戦争に備えた準備を進めました。

1940年:ルーズヴェルト大統領が史上初めて三度目の当選を果たし(対抗馬は共和党のウェンデル・ウィルキー)、連合国への支援を開始しました。

1941年

12月7日:日本軍による真珠湾攻撃を受け、アメリカは第二次世界大戦に参戦しました。以降、連合国側は徐々に戦局を枢軸国に対して有利な方向へと転換させていきます。

1942年〜1943年

北アフリカ戦線で連合国が枢軸国を撃退し、1943年にはシチリア島とイタリア本土への上陸作戦を展開しました。

1944年

6月6日:ノルマンディー上陸作戦(Dデイ)が実行され、連合国はフランス解放へ向けて本格的な反攻を開始しました。

12月:ドイツ軍最後の大規模な反攻であるバルジの戦いが起こりました。

1945年

8月:広島と長崎に原子爆弾が投下され、日本が降伏。ヨーロッパでは5月にドイツが降伏しており、第二次世界大戦がついに終結しました。

10月:国際連合が発足し、戦後の国際秩序がスタートしました。

1946年〜1950年代:冷戦の始まりと復興

1947年〜1949年

1947年:トルーマン・ドクトリンが発表され、共産主義の拡大に抵抗する自由諸国を支援する方針が打ち出されました。また、ヨーロッパ復興のためのマーシャル・プランが実施に移されました。

1949年:北大西洋条約機構(NATO)が設立され、同じくこの年、中華人民共和国が成立して冷戦構造が一段と深まりました。

1950年〜1953年:朝鮮戦争

1950年6月:朝鮮戦争が勃発し、アメリカは国連軍の一員として韓国を支援するために派兵しました。

1953年7月:休戦協定が調印され、戦争は事実上の終結を迎えました。

1952年〜1954年

1952年:ドワイト・D・アイゼンハワーが民主党のアドレー・スティーブンソンを破って大統領に当選しました。

1954年:ブラウン対教育委員会裁判において、最高裁は公立学校における人種隔離を違憲と判断。これは公民権運動の大きな転換点となりました。同年、ベトナム情勢が本格化し、アメリカは南ベトナムへの支援を開始しました。

1955年〜1956年

1955年:ローザ・パークスがアラバマ州モンゴメリーのバスで白人乗客に席を譲ることを拒否し、モンゴメリー・バス・ボイコットが始まりました。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が公民権運動の指導者として台頭します。

1956年:州間高速道路法が成立し、全米を網羅するインターステート・ハイウェイ網の建設が始まりました。

1957年〜1959年

1957年10月:ソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。アメリカに大きな衝撃を与え、米ソの宇宙開発競争が始まりました。

1958年:アメリカ初の人工衛星エクスプローラー1号を打ち上げ、国家航空宇宙局(NASA)が設立されました。

1959年:アラスカとハワイがそれぞれ49番目・50番目の州として連邦に加わり、キューバではフィデル・カストロが政権を掌握しました。

1960年代:変革の時代

1960年〜1961年

1960年:ジョン・F・ケネディがリチャード・ニクソンを破って大統領に当選し、「ニュー・フロンティア」と呼ばれる国内改革プログラムを掲げました。

1961年:ピッグス湾事件(キューバ侵攻作戦の失敗)が発生。同年5月にはアラン・シェパードがアメリカ人初の宇宙飛行を成し遂げました。

1962年

キューバ・ミサイル危機が発生。ソ連によるキューバへのミサイル配備をめぐり、米ソ両国は核戦争の瀬戸際まで迫りましたが、最終的には平和的に解決されました。ただし、冷戦そのものは継続しました。

1963年

11月22日:ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺され、リンドン・B・ジョンソンが副大統領から昇格して大統領に就任しました。

同年、米ソ間で部分核実験禁止条約が調印されました。

1964年〜1965年:公民権の進展

1964年:公民権法が成立し、人種・肌の色・宗教・性別・出身国による差別が法律で禁止されました。

1965年:投票権法が成立し、アフリカ系アメリカ人の投票権保護が大幅に強化されました。また、高齢者と低所得者向けの医療保障制度であるメディケアとメディケイドが創設されました。

1966年〜1968年:激動の終章

1967年:サーグッド・マーシャルが最高裁判事に就任した初のアフリカ系アメリカ人となりました。

1968年4月:公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアがメンフィスで暗殺され、全米各地で暴動が発生しました。同年6月にはロバート・ケネディ元司法長官も暗殺されるという悲劇が重なり、アメリカ社会に深い衝撃を与えました。

1968年12月:アポロ8号が人類初の月周回飛行に成功し、翌年のアポロ11号による月面着陸への道を開きました。

まとめ

この40年間で、アメリカは経済的苦境から世界最大の超大国へと変貌を遂げました。同時に国内では、平等と正義を求める声が高まり、社会保障制度や公民権法制など、現代アメリカ社会の基盤となる制度と価値観がこの時代に形成されたのです。