ドレッド・スコット事件における「パッセンジャー・ケース」の関連性
1857年のドレッド・スコット対サンドフォード事件(Dred Scott v. Sandford)において、連邦最高裁判所は、それ以前の「パッセンジャー・ケース(Passenger Cases)」判決の関連性について疑問を呈することはありませんでした。
その理由は、パッセンジャー・ケースで争われた論点やその判断内容自体が、ドレッド・スコット事件の審理対象にはならなかったためです。同事件の関心は専ら次の2点に集中していました。
- ミズーリ協定(Missouri Compromise)の合憲性
- アフリカ系の人々が、自由の身であっても合衆国市民となり得るかどうか
両事件の争点の違い
そもそもパッセンジャー・ケース(1849年)は、州が入港する船舶の乗客に対して課す税金などが、連邦議会の有する通商に関する権限への干渉にあたるか否かをめぐる裁判でした。一方、ドレッド・スコット事件は奴隷制と市民権の資格をめぐる問題であり、両者の争点は根本的に異なっていました。
このように審理の対象となる法的問題がまったく別であったことから、ドレッド・スコット事件の審理過程でパッセンジャー・ケース判例の妥当性や関連性が改めて検討されることはなく、その結論にも影響を与えることはありませんでした。