ウィリアム・H・スワードとアラスカ購入
ウィリアム・H・スワード(William H. Seward)は、1867年に行われた「アラスカ購入」の交渉と実務を主導した人物です。彼は当時のアメリカ合衆国国務長官として、ロシア帝国との間で、現在アラスカ州として知られる広大な土地を約720万ドルで米国に譲渡する条約を取りまとめました。
アラスカ購入の経緯
19世紀半ば、クリミア戦争などを背景に財政難に陥っていたロシア帝国は、遠隔地にある北米の領土を売却することを検討していました。これに着目したスワードはロシア側との外交交渉を進め、1867年3月30日に譲渡条約に署名。同年10月18日には正式な領土の引き渡しが行われました。
「愚行」と呼ばれた購入が歴史的成功に
当時のアメリカ国内では、凍てつく雪原に巨額の資金を使うのは無駄だという批判も強く、この取引は「スワードの愚行(Seward's Folly)」や「スワードの氷箱」と揶揄されました。しかし、その後アラスカでは金鉱の発見や豊富な漁業資源の開発が相次ぎ、20世紀には石油・天然ガスといった重要資源も確認されました。こうしたことからアラスカ購入は歴史的な成功だったと評価されており、1959年にはアラスカは米国第49番目の州となっています。