南北戦争下でのホイットマンの看護ボランティア
アメリカを代表する詩人ウォルト・ホイットマンは、南北戦争(1861年〜1865年)中、首都ワシントンD.C.でボランティアの看護師として活動しました。彼が献身的な支援活動を始めたきっかけは、負傷した弟ジョージを探しに戦場跡を訪れたことだと言われています。その際に目にした負傷兵たちの姿に心を打たれ、以降、ワシントンD.C.の軍病院へ通い続けるようになりました。
敵味方を問わず兵士を支えた献身
ホイットマンが看病したのは、北軍(ユニオン軍)の兵士だけではありません。南軍(コンフェデラット軍)に所属する捕虜となった負傷兵に対しても、分け隔てなく手を差し伸べたと伝えられています。
具体的な支援の内容
ホイットマンの活動は、専門的な医療行為というよりも、兵士一人ひとりに寄り添う精神的なケアが中心でした。
- 新鮮な空気:病室の換気を促し、兵士たちが清々しい空気に触れられるよう配慮しました。
- 水や食料品:喉を潤す水や、栄養補給のための食べ物を自ら調達して届けました。
- 読み物:新聞や本、手紙の筆記代行などを通じて、兵士たちに故郷とのつながりや心の安らぎを提供しました。
こうした経験は、後に彼の代表作『ドラム・タップス』など、戦争をテーマにした詩作にも深く反映されることになりました。